第四章前半
折しも蒼龍は先の空襲で操舵室を破壊され、いくら缶室で油を燃やしても同じところを堂々巡りすることしかできなくなり、人間で言えばさしずめ昏睡状態、てっきりこのまま自沈させられるものと思っていたら、一時間後までに舵を爆破して軽巡洋艦酒匂に曳航させるという。かといって修理のために内地に戻すわけではなく、敵機動艦隊の居る方へと曳航させるとの事。なんでもこれから本隊は補給を行う為に敵艦隊と距離を取るの事だが、足手まといになる蒼龍はこのまま敵機動艦隊の居る方へと突っ込ませ、囮にしようということで、ようは捨て駒というわけ。
肝心のハワイ攻略はどうなるのかと聞けば、参謀長この作戦自体が国連軍をおびき出すための罠で、後続の海兵隊を乗せた輸送船団も存在しないと聞かされ、理不尽には不感症になっていた身ながらさすがにこの時はあきれ、それじゃ自分たちは今までだまされてきたのかと、やり場のないどうしようもない怒りがこみ上げる。
それまで険しい表情を崩さなかった加持参謀長、どういうわけか退艦まぎわになって「この艦は、わたしの娘みたいなものです。よろしくおねがいします。」と遠い目をしてしばし物思いにふけったあと言い、頭下げられた身からすれば白々しいと思うところを、言葉の端々からにじみ出る後ろめたい念に心打たれ、こいつもくるしいんやなと感じ、「お任せ下さい」と言い敬礼す。
蒼龍の飛行甲板をあてどなく歩き回りながら、兵学校の門をくぐった時から覚悟はしていたとはいえ、やはり浮き世に対する未練断ちがたく、景気付けに軍歌を歌って見るも、海行かば水漬く屍、山行かば草生す屍、
そや、清太と節子は元気にしとるやろか。そんな思いがふと、心をよぎる。
そや、清太と節子は元気にしとるやろか。そんな思いがふと、心をよぎる。
参考文献(副読本)
『アメリカひじき・火垂るの墓』
野坂昭如
(著) 新潮文庫
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