紫吹蘭は、いちご、あおいのクラスメイト。13歳にして芸歴13年。年々美しさに磨きをかけてゆくさまは、「子役は美人にならない説」を現在進行形で覆し続け、“美しき刃”の異名を取る。現在も特にモデル業で大活躍中で、次世代のスターと目されている。しなやかで美しいストレートな髪、涼やかな目元、鼻梁は高く、引き結んだ唇は誰かが気安く話しかけることをためらわせる。それがひとたび仕事となれば、隙のない笑顔と、中学生離れした身長と長い手足による完璧なポージングで、見る人すべてを魅了する。
そんな彼女、学内ではいつも一人で、とってもクール。ご飯も、レッスンも、跳び箱運びも一人でこなす。
ある朝、いちごとあおいは遅刻寸前、寮から校舎まで猛ダッシュ。しかし途中でいちごが“学生証”(アイカツシステムの起動キー)を寮に忘れてきたことに気づく。慌てて引き返すいちごと、それに付き合うあおい。結局遅刻してしまうが、廊下の掲示板前で、仕事オファーの応募要項を見つめる蘭と出会う。
いい機会だし、と、いちごとあおいは蘭に声をかけ、改めて自己紹介をしようとした。
「私とあおいは幼なじみで、一緒に編入してきたんだ♪」
「蘭さん、先輩としていろいろ教えてください」
蘭の反応は冷ややかだった。
「一緒に消えていかないようにな」
固まる二人。立ち去る蘭。これが美しき刃の真骨頂である。
立ち直ったあおいは「クールで真正面から切ってくる感じがステキ!☆」とまた
(仲のいい友達だからって、一緒に上がって行けるとは限らない……ちょっと、美月さんに似てるかも)
そんな中、ファッションショーオーディションの機会が訪れる。最終合格者は、人気雑誌『ニコポップレモン』特別号のモデルになる。しかし出場できるのはクラスから二人だけ。選考はジョニー先生の方針でくじ引きで行われ、結果出場することになったのは……いちごと蘭!
クールで実力も高い蘭と組むプレッシャーにヘコむいちご。せめて応援しようと、あおいもいちごの特訓に付き合う。本を頭に乗せてのウォーキング、ランニング、本の冊数を増やしてのウォーキング、ランニング。そんな二人を物陰から見つめる蘭。
部屋に戻った蘭はかつてのルームメイトを思い出していた。一緒にがんばろうと誓い合った親友・真子(まこ)のこと、彼女と一緒にアイカツを重ねた日々、ある日ついに挫折してしまった彼女の涙。
震える声で「一緒に上がって行けなくてごめん。いつまでも……ずっと友達よ」と呟いたとき、まこはどんな表情をしていただろうか。ベリーショートの髪で、顔が隠れていたわけはないのに。
「がんばったからって受かるとは限らない。ま、仕方ないよな」
真子がスターライトを辞めて、今は一人部屋になってしまったこの部屋で、真子のいたベッド――いまやシーツも布団もないマットレスだけのベッドーーを見つめながら、蘭は自分に言い聞かせるように呟いた。
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オーディション直前の楽屋でも、いちごはウォーキングの練習を繰り返していた。蘭はいつもの静かな表情でソファに座り込んだまま。気まずさから蘭に話しかける。
「い、一緒にがんばろうね!私、アイドルになる夢を叶えるためにも、精一杯ランウェイを歩くんだ!」
それを聞いて、蘭は少しだけ、いつもより真剣な顔になり、ゆっくり息を吸った。
「あんた、ランウェイの意味知ってるのか」
思わぬ問いに、いちごは答えられない。
「ランウェイ、それは滑走路。あらゆる飛行機が飛び立つ道だ。星宮いちご、あんただけが飛び立つ道じゃない。自分のことしか考えてない奴が、歩いていい道じゃないってことだ」
じゃあ、――いちごにはわけがわからなかった――夢のために頑張るのはいけないのかな?
わけも分からずに楽屋を駆け出して、表でまたウォーキング練習を始めるいちご。
蘭はすぐに追いかけてきて「分かってないな、着いてきな」といちごを先導した。
そこはステージを形作るスタッフたちの部屋だった。何人もの人々が、画面やコンソールを前に、真剣にステージの最終調整を行っている。
蘭はいちごに語る。
「モデルの仕事は、ランウェイを美しく歩くことじゃない。衣装のデザイナーさん、システムのエンジニアさん、プランナー、ディレクター、プロデューサー……あらゆる人たちが魂を吹き込んだステージを最高に輝かせることだ。そしてショーを見に来てくれた人たちに『あの服を着てどこかへ出かけてみたいな』とか、弾んだ気持ちになってもらうこと。
それが私たちモデルの仕事。ランウェイは、そんなあらゆる思いを飛び立たせる道であって、私たちモデルが飛び立つ道じゃない」
いちごは、自分がこの瞬間まで、自分の夢や、蘭の足を引っ張りたくないという思いにばかり囚われていたことに気づいた。
自分たちは、ステージに関わるたくさんの人、そしてこのステージに出られなかった仲間たち、そんなみんなのためにランウェイを歩き、みんなのためにランウェイで笑うんだ。
フィッティングルームに入るときには、もう困惑はすべて消えていた。自分の心配は今もはや重要じゃない。ステージに持ち込んでいいのは、みんなが自分に託してくれた気持ちだけ。
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翌日、学園長室で織姫学園長からオーディション合格の報が伝えられた。学園長は二人の息のピッタリ合ったパフォーマンスを称賛した。違う足から踏み出しながらも、連携の取れた、交互にお互いを注目させ、引き立てるダンスだったと。
合わせ練習をしなくとも的確なパフォーマンスをしたいちごを、蘭は微笑みながら「なんか持ってる」と褒める。
「蘭が誰かを褒めるのも、お仕事以外の笑顔も始めて見たわ。吹っ切れたのね」
「そうかもしれません」
学園長室を出たところで、いちごは「吹っ切れた」の意味について尋ねた。少し迷って、蘭はいちごに初めて個人的なことを語り始めた。
自分にも以前親友がいたこと。しかし、二人一緒に上がってくることは出来ず、真子は退学してしまった。あのときの涙がいつまでも忘れられず、今も気持ちは一緒だと思いたいがために、真子と同じく常に右脚から踏み出すこと。でも、いちごが自分と違う足から踏み出しても、同じ思いでランウェイを歩けた。同じ行動を取らなくとも、同じ思いでいられると、初めて感じた。
蘭はいちごにそう告げると、先に廊下を歩いて行った。
蘭の言葉を思い、あおいと会ってすぐ、いちごは結果報告より先に数日前の朝の遅刻のことを謝った。自分のミスにあおいを付きあわせる必要はなかったと。一緒にトップアイドルを目指すとしても、いつも同じであることに固執していたら、お互いに足を引っ張ってしまう。
「じゃあこれからは、いつも一緒じゃなくて、『思いは一緒』でいきますか!」
「うん!」
また一歩友情を深めるいちごとあおいの青春模様を、蘭は笑顔で眺めていた。
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ある街角で、雑誌の広告写真の紫吹蘭を見つめる少女が一人。
「お互い頑張ろうね、蘭。それぞれの道を」
あれ以来会っていない親友を想いながら、笑顔でそう呟いた。
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【今日の美しき刃】
全編通して美しき刃がいっぱい出てくるので、観終わった頃にはみなさん全身ズタズタになっていることと思います。
まとめではカットしましたが、続くシーンではかわいさの刃でみなさんの息の根をちゃんと止めてくれるので、安心してください。
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いちご、あおいと急速に仲を深める蘭 |
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初めて見る蘭の笑顔に興奮する |
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ウルトラセクシージャパンビューティ:笑わぬ女神・美しき刃 |
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蘭さんも蘭ちゃんも呼称として適切でないと異議申し立てをする紫吹蘭 |
第5話のテーマは、ランウェイを歩く上での覚悟、すなわち、自分のためでなく、大勢の人のために歩くという覚悟。蘭の仕事に対するプロ意識が描かれた4話5話でした。
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