2021年6月25日金曜日

【特集】浅見ゆいここすきポイント

1 目 的
 私が浅見ゆいさんを知ってからもう5、6年になるけれど、最近ここすきポイントが溜まりすぎて浅見ゆいさんのことしか考えてなくて日常生活に支障をきたしてきたので、そろそろ一度思考の整理のために浅見ゆいさんの良さを文章化して落ち着こうという趣旨
 ついでに、これを読んだ人が浅見ゆいさんの出演作に触れたり、他のゆいズ(ファンの呼称)の皆さんが「俺は浅見ゆいさんのこんなとこが好きだぞ!」みたいなのを表明するきっかけにでもなれればいいなという思いもあります。

 ※注 釈
●章立ては「1→(1)→ア→(ア)」の順で降りています。
●作品紹介は基本的には「サークル名、発売年『作品タイトル』(補記)」の様式で、作品タイトルはリンクになっています。
●本文中では敬称略とさせていただきます。

2 とにかく声がいい
 声が良い。とにかく声がいい。
 印象としては、非常に透明感を感じさせる声の性質で、比喩で表現するならば流水や風、あるいは笛のような、穏やかでかつ引っ掛かりなく耳に入ってくる響きを帯びている。
 こうした声の質を軸に、滑舌や息の量、声帯の締め方により様々な声でお仕事をなさっている。どれも良い……

 (1) CM、ナレーションのお仕事
 私はあまり数を聴いてないので、やや偏っているかも。
 概して、暖かみがあり聴いていてホッとするような発声で、それでいてややハッキリと言葉を発するので文意も入ってくる。公式サイトの「works」から各CMのリンクがあるので聴いてみよう。サイトURLは後述
 すこだ……

 (2) 明るい少女(ハイティーンより上くらい)
 キャラクター設定としては、妹、恋人、お姉さんぶりたい年頃の娘等
 概して、高めの声にやや息の量を増やし、常になんだか楽しげに笑みを含んだような元気かつ滑舌の良い発声
 印象としては元気で明るく無邪気、親しみをもって聴き手に接しているような声で、一方いたずらっぽさやウザ絡みを演じるときはややゆっくり、声を低くし、息を増やして声年齢を上げてくるのも、愛らしいと同時にアブない魅力がある。
 すこだ……
 ア Butterfly Dream、2017『癒しガール -ruriko-』 

 (3) 大人しい少女(ローティーンくらい)
 ロリっぽいキャラクターのことであって、必ずしも設定年齢が幼いという意味ではない。
 概して、声年齢は幼く、対照的に喋り方は遠慮がちにとつとつと、口の開き小さく話すような発声
 消え入りそうな小さな声は抱き締めてやりたくなるような愛らしさ。
 すこだ……
 ア Butterfly Dream、2016『癒しガール -sayuki-
 イ 作・伊月はる、演・浅見ゆい、藤堂れんげ、『秋雨の降る庭』(声の劇を主体にしたSNS「ボイコネ」上の朗読劇、会員登録したりアプリ入れたりしろ)

(4) 低い声のお姉さん(ドS、病み系)
 全人類聴くべき無形文化財、浅見ゆいの発声はどのタイプであっても素晴らしいけれど、私はこのタイプが最も好き。最ここすきポイントと言える。聴いていて最も心を揺さぶられる発声でめっちゃゾクゾクする。
 特長の1つは、他の発声のキャラ付けに比して顕著に声年齢が高くそのギャップが大きいために、聴き慣れた声でありながらも知らない一面が突如あらわれたような気持ちになるため。また、途端に余裕ありげになるため、一挙に精神的優位を取られ、主動性を奪われる。
 もう1つの特長は声質によるもの。浅見ゆいは演技の発声においては、声帯の震えを局限した、肉体を感じさせない声であることが多い。これは多分意識的な発声の采配だけでなく、声帯の構造上の特質でもあって、恐らく例えば浅見ゆいは高めの声で単に声を張り上げても音圧はさほど強くならないことと思う。(私は声について体系的な学びをしていないので、あくまで推測です。)そんな、引っ掛かりの少ない声帯で低い声を出す際は、必然的に息の量を増やすことになるので、発される声は息を多く含みかつ他のタイプの声よりはるかに音圧が強く、めちゃめちゃ鼓膜を震わせてくる。
 こういう演技のときしか声帯の振動を感じることがないのでレア感もある。
 これらの特長から、私はこのタイプがイチバンここすきです。多作な浅見ゆい主演作の中では比較的供給が少ないタイプなので、私は常にこれに飢えています。
 すこだ……
 ウ 毛ガニデパート、2020『アラビアンナイト』 

 (5) 普通のお姉さん
 このタイプやってる浅見ゆいを知らない奴いねェだろ。涼やかで良い声です。すこだ……
 聴いてみろ、飛ぶぞ。
 ア 彼岸花と無口少女。、2016【耳かき・催眠音声】同棲彼女との耳かき生活』 
 イ ディーブルスト、2016『Cure Face2-美菜【再編集版】』 
 ウ 添音亭、2015『世話好きな彼女。』 
 エ とみみ庵、2014『縁側でまったり耳かきとお昼寝

3 感情に殴られる演技力
 浅見ゆいはどんな役やってもうまい。ちゃんと「この人物はこの場面ならこういう心の動きをしている/するだろう」という予期に即した声を出す。列挙を本気でやると聴いた作品全部のここすきポイントを書くことになるので焦点絞る。

 (1) 泣きの演技
 浅見ゆいの泣きの演技、マジでこっちが泣く。「少し悲しくなって涙をこらえている」レベルのときは、声帯を締めて少し声をひずませる感じで、胸を締め付けられる。いよいよもう「身も世もなく泣きじゃくる」レベルになると、鼻声としゃくり上げで乱れる呼気が痛々しく、聴いてる我々ももらいギャン泣きしちゃうってワケ。

 (2) 冷たい演技
 低音と同じくこれもあまり例がないのだけど、浅見ゆいの冷たい女の演技はマジで最高だから全人類聴くべきだとされている。[独自研究]

 ア はすっぱな女
 ちょっとヤンキーっぽい女の役のときは、全体的に放り投げるような喋り方で、特にキツいセリフのときは本当に唾棄しつつ吐き捨てるような演技をする。この種の演技のときの白眉は、少し鼻から抜けるような含み笑いと、要点でドスを効かせるところ。
 真に受けて聴くと、本当に軽蔑され、見下されている気分になって、実に心胆寒からしめる威力がある。
 (ア) 癒し庵もち猫、2019『【34分収録/100円】近所のギャルお姉さんはいつも僕を甘やかす【バイノーラル/耳かき】』 (これはむしろ甘いお姉さんでキツいセリフはないけど、貴重なギャルなので挙げておきます。)
 (イ) 永遠の文芸部、2015『300年ぶりの地球に、泣け』(ノベルゲーム。やれ。)
 
 イ 人を寄せ付けない女
 これは演技というよりは脚本寄りの話だけれど、好きだから入れちゃっていい?いいよ。
 浅見ゆいの硬質で人間離れした声で、人を突っぱねるようなセリフを吐かれると、本当に取り付く島のないような絶望的な気持ちになれる。
 こうしたタイプの演技は、日頃聴き慣れた暖かい演技とのギャップもあってすごい衝撃力がある。だから浅見ゆいは実はドMにもオススメできるンだわ。各位は傾聴よろしくな。
● 作・ひよこ大福、演・浅見ゆい、殊座『10,911m』(ボイコネ)

3 活動者としてもアツい!
 浅見ゆいは声活動を主軸にしつつ、隣接分野の活動もやっている。色々な側面があるとファンは接する機会が増えるので単純に嬉しいものだが、加えてどの活動においても浅見ゆいご本人のこだわりとホスピタリティが感じられてこれもまた嬉しい。ので、各種活動の紹介をしつつ、ここすきポイントを述べる。

 (1) “良い音”探求者
 浅見ゆいを知る人の大多数の参入経路は、多分耳かき音声系の作品からだと思う。
 話が脇道に入るが、こうしたシチュエーションボイス系の制作においては、声は声優が提供し、効果音は制作者・サークル側が付与するのが基本的なスタイルであり、声優が実演するのは例外的な作例だ。
 浅見ゆい主演作品の多くもこの一般的な形式だが、浅見ゆいご本人も“良い音”の探求者であり、そんな浅見ゆい謹製の“良い音”を聴きたければ、まずばYoutubeへ行け。

 ここすきポイント
 ア 乾燥・硬質寄りの音
 イ 粘度低めの水の音
 ウ 広がりのある摩擦音

 これらは聴き手の好みの話でもあるけれど、上記の系統の音に強いので、これらが好きな人には掛け値なしにオススメ。声有り(トーク)はもちろん、声無しでも全然楽しめるので、とりあえず全部聴け。

 (2) サークルの活動
 浅見ゆいは個人サークル「Butterfly Dream」としても活動しており、主としてシチュエーションボイス・ボイスドラマ系統の作品を頒布している。
● 浅見ゆいOfficial site「Butterfly Dream

 ここすきポイント!
 ア 臨場感にこだわった効果音
 聴き手を取り巻く音(環境音のみならず動作に伴う音も)を多用することで、単に語りかけられる以上の臨場感をもって聴くことができ、作品世界に没入できる。
● Butterfly Dream、2019『彼女とほかほか温泉旅行』 

 イ 人と人の交流を重視した脚本
 「Butterfly Dream」は、題材が近親者(恋人や親類)であっても職業人であっても、単に行為によって癒やすに留まらず、人と人の交流を感じさせる脚本により心から暖まるような話を書く。特に語り手の人物をきちんと固めて作っていて、そこが少しずつ提示されていくところが妙味
 それは例えば、琴音においては慎重な自己開示として、紗雪においては秘めた憧れとして描かれていて、これによって聴き手が自然と語り手に対して興味を引かれるような構造になっている。
 もちろん登場人物は皆優しく、なにより誠意がある。
 (ア) Butterfly Dream、2016『1日限りの貴方のメイド
 (イ) Butterfly Dream、2016『癒しガール -sayuki-

 ウ 同業者を呼んでのオリジナルドラマ
 『Reposer』シリーズな。これはまだあまり聴き込んでいないので内容についてはまた別の機会に。
 藤堂れんげさんを筆頭に、共演の多い声優さんがたくさん登場、そして浅見ゆいが描く女たちの群像劇!たぶん相当イキイキと執筆したんだろうなと思える出来映えで、なんかもうこういう作品を個人サークルで出してらっしゃるということ自体がもう無性に嬉しいのである。(その報告いる?)
 (ア) Butterfly Dream、2018『Reposer ~優子・瞳・香乃~』(出演・藤堂れんげ、藍月なくる)
 (イ) Butterfly Dream、2018『ReposerII ~怜・美咲・瞳~』(出演・藤堂れんげ、hana10、ユキト)

 エ Ci―enの特典
 「Butterfly Dream」はCi―enでもファン向けの特典を多数展開している。
 リスナーから募集したテーマで10分程度のトークをするラジオ風音声『バタフラジオ』(時々ゲストもいる)、近況報告や活動の見通し等を喋る『フリートーク』等が毎月あって、月500円を払うだけで、これらが無料で楽しめちまうんだ!
 入ろうな。
● Ci―en「Butterfly Dream

 (3) 配信者としての企画力
 ニコニコのユーザーチャンネル「浅見ゆいのドリームチャンネル」では、必ず週一回、金曜22時から1時間の配信をしている。毎週違ったことをやっていて飽きない。

 ここすきポイント!
 ア 雑談と企画のバランス
 無企画の雑談でも人は呼べるだろうに、頻繁に何かしらの企画やテーマを準備してくれる。新開発の良い音の発表や、ぬり絵・ジグソーパズル等
 時折、企画そっちのけで雑談に熱くなっていることもあり、これはこれで推せる……
 イ 地声っぽさと豪快な笑い声
 もうとにかくこれが本当に本当に本当にすき。これ聴くために会員登録してる。みなさんもね、これ好きでしょ?(同調圧力)
 昔のYoutube動画で「清楚なのは台本上の演技なので幻想は捨てろ」と言ってたり、Twitterアカウントが「声だけは浅見ゆい」だったり、素の自分は清楚キャラではなくむしろうるさい女だと度々表明している浅見ゆい。配信ではそんな「うるさい浅見ゆい」が思う存分聴けるぞ!
 私は特に、コメントを受けて納得又は話を広げるときの起点になる「あ゛ー」と、何かマズいことを表明するときの「○○なんですよね〜ヘッヘッwwwヘッハハハハwwww」みたいな雪崩式の笑い方と、何かがツボに入ったときの豪快な「ハッハッハッハwwwww」(ゲラ笑い)あたりがすき。浅見ゆいの笑い声は健康に良くて、これを聴いてるから俺は風邪引かないんだわ。
 演技してる清楚声優の浅見ゆいとはまた違った、ハチャメチャ快活浅見ゆいを味わえ!

 (ア) ニコニコ生放送「浅見ゆいのドリームチャンネル
 (イ) ※ゲラ笑い参考、『うみがめのスープを飲む!』(ゲスト・江井みゆき)(YouTube)
 (ウ) ※ゲラ笑い参考、Butterfly Dream、2021『浅見ゆい・江井みゆきのわくわく!温泉エンジョイ旅

4 終わりに
  というわけで、これが俺の浅見ゆいさんのここすきポイントやイチオシの関連作品なんだけど、どう?(どうとは?)
 紹介しきらんかった作品・サークルさんもたくさんあるんだけど、それらはまた別の機会に。まあガチで書いたらただの浅見ゆい全出演作リストになってしまうんですが……

 まだ浅見ゆいのファンじゃない人が作品に触れる気になってくれていれば幸いです。
 また、ゆいズの皆さんのここすきポイントも聞きたいので、Twitter等でそれぞれに浅見ゆい普及工作を展開していただけると嬉しいです。

 最後まで読んでくださりありがとうございました。てか、詳細に長すぎてちょっとキモくない?

 〜おわり〜

 ○ おまけ
 Twitterではたまにクソ診断メーカー(褒め言葉)で生成された文字列を読んだりする「浅見ゆいご乱心シリーズ」を投稿してくれる。
 ここもうるさくてすき。
 聴こうな。

2021年5月30日日曜日

【感想】浅見ゆい、2016『1日限りの貴方のメイド』Butterfly Dream

1 概 説
 『1日限りの貴方のメイド』は、ネットを介してフリーの声優として活動している浅見ゆいが、個人サークルとして制作した第一作
 シチュエーションボイス・ボイスドラマ系統の作品
 「とある懸賞で、特賞である「メイド1日派遣コース」に当選した貴方。/琴音と名乗るメイドに、1日お世話をしてもらうことになりました。/貴方が1日をリラックスして過ごせるよう、琴音は誠心誠意、お仕えしてくれます。」というストーリー。(作品販売ページより引用)
 以下、私が特に好みだった点を、作家性、音へのこだわり、声の性質の観点から述べる。なるべくネタバレなし。
 作品販売ページへのリンクは記事末尾


2 作家性
 本項では、作品から感じられるサークル「Butterfly Dream」及び浅見ゆいの作家性について、私が特に好ましく思った、ストーリー、キャラクター及び主人公の性格の3つの点を述べる。

(1) ストーリー
 懸賞で1日メイド派遣に当選!ひと昔前のアニメかギャルゲみたいな導入ながら、こういうシンプルで強引なのがイチバン良い。なぜならメイドさんに突然押しかけられるというのは全人類の夢だから。『Glare 1 more』もそうだっただろ。
 筋としては、なんでもない休日を過ごす、そこにメイドさんがいる、というもので、大きなトラブルも気を揉むような事も起きない落ち着いた一日
 押しかけメイドさんと過ごすという非日常を、過剰に飾り付けることなく演じることで、寝る前や休日に適した落ち着いて聴ける作品になっている。

(2) キャラクター
 浅見ゆい演じるメイド・琴音の性格及び言葉遣いが非常に練り上げられていて、あらゆる面でストレスがない。
 まず聴き手に対する呼称が良い。“ご主人さま”でなく“旦那さま”と呼ぶ古風さ。
 言葉遣いは丁寧ながら過剰な敬語でもない。本当にちょうどよく背中がムズムズするような、自分でも知ってはいるけれど口に出したことのないことばがスラスラ話される。
 多分これは脚本のみならず添削の業前でもあると思うが、ことば選びも滑舌も滑らかで堅苦しくなく聴いていて気持ちがいい。

(3) 主人公の性格
 作中の主人公(聴き手)は一般人のようで、使用人が家にいるという状況に慣れていない。だから琴音に対してもとても丁寧に接しているらしい。相手を知り互いに信頼し合うためには会話が大切だと言い、何も頼む用事が無ければ一緒に本を読むように頼む。
 ここでは主人公は、単にメイドさんに奉仕してもらうのみならず、琴音の人となりを知ることや同じ時間を共有することを企図している。
 そんな優しさが最終的に琴音の心を動かす優しく美しい物語で、めっちゃ和んだ。

(4) 小 括
 総じて、丁寧なことば選びをベースに、人の優しさと美しさに彩られたストーリーで、安心して聴ける作品
 単にシチュエーションや行為自体によって癒やすのではなく、人と人の交流として描くことで満足感を高めている。
 これはButterfly Dreamの作家性なんだろうと思う。


3 音へのこだわり
 美しすぎる声に気を取られがちだが、本作は効果音へのこだわりも著しい。身体の動きに伴う音、周囲の環境の音等により状況を想起させるための工夫が凝らされている。
 本項では、効果音と声の扱いによる状況描写を焦点に語る。

(1) 効果音(生活音)
 本作の第一声ならぬ第一音は、日常に不意に割り込んでくるインターホンの音、そしてドアまで歩いていく主人公の足音はスリッパのペタペタ音から、外履きに履き替える音までが丁寧に描写される。
 全編がこの調子で、衣擦れ、足音、本をめくる音、スマートフォンのタップ音等どれをとっても自然で心地よく、声優でありながら「良い音」への尋常ならざるこだわりを持つ浅見ゆいの職人芸が炸裂している。
 流石、YouTube投稿動画の第一作が『【ASMR】本のページをめくるだけ(声無し)』なだけある。

(2) 効果音(食事)
 一日中メイドさんがいるということはその間当然食事を摂る。メイドさんがいるんだからそれは手料理で、献立はオムライスと相場は決まっている。決まってんだよ。
 一方、浅見ゆいは「咀嚼音は嫌いなんですよね」、「クチャクチャする音がダメ」と明言しているので、ここがどう表現されるかはファンの関心事項だった。だったよな?そうだろみんな。
 本作では、オムライスとクッキーが供される。
 オムライスは咀嚼音を挿入することなく、スプーンと皿の触れる音及び琴音のセリフによって“せっかくのごちそうに喜び勇んで食らいつく様子”が表現される。
 クッキーは噛み砕く際の小気味良いボリボリ・サクサクまでの音が添えられ、食感を擬似的に楽しむことができる。
 食べ物の実物が目の前になくとも音でその輪郭を感じられるよう、聴き手の需要と作り手のこだわりを踏まえてよく吟味して選んだ音だろう。すごい……(語彙力)
 加えて「ああ、本当に自分の好きな音で好きな作品を作っているんだな」と思えるので、ファンとしてもとても嬉しい。

(3) 声の距離感
 琴音はフットワーク軽くまめまめしく働く人で、しかも人に対して物怖じしない。そのあたりが声の距離で表現されている。
 冒頭から、主人公のスマートフォンを覗き込んですぐ隣に立って聴き手を驚かせたり、何か仕事がありそうだと思ったら歩み寄ってきたり、足音と近付く声からそのかわいらしい仕草が目に浮かぶようで、音の表現力を最大限活用しようとしている作者の業を感じられる。

(4) 小 括
 私は作品を購入した当初は、浅見ゆいの声ばかり聴いていたけれど、その後作者問わず多くの音声作品を聴いて経験値を溜めたことで、この作品の音の奥行きに気付けるようになった。
 全編を通して、音による状況の描写に工夫が凝らされていて、聴く度に楽しめる仕上がり。


4 声の性質
 浅見ゆいの声が良い、というのは言うまでもないけれど、そのどこに“良さ”を見出すかは聴き手各人の好みに依るところなので、私の好んでいる点を上げ、それが作品に与えている影響を述べる。

(1) 爽やかな声
 私はなんと言っても、浅見ゆいの中音域の透き通るような肉体を感じさせない人間離れした声が好きだ。よく、スッキリしている様を形容して“水のよう”などと言うが、浅見ゆいの優しい声色でありながら湿っぽいところのない声は、それを超えて“風のよう”だと私は言いたい。
 琴音は結構距離感近く喋りかけて来る人ながら、こうした声の質ゆえにいやらしさがなく、健全で無邪気な印象になっている

(2) 感情の乗った演技
 もう1つ私がたまらなく好きなのは、浅見ゆいは声に人物の感情を乗せることがハチャメチャに上手い点
 本作で言うと、終始明るく楽しげで、主人公の提案を拒むときも頑なすぎず、かつ慌てている様がよく表現されている。声から表情や身振り手振りまで見えてくるよう。
 一番の白眉はなんと言っても、ラストで琴音が気持ちを吐露し主人公に“ある提案”をする場面だ。ここでは実に複雑な感情が、声の使い方によって表現されている。
 心情を吐露することへの躊躇い、自分自身の気持ちと職業意識の狭間での困惑、望ましくない展開を想像しているときの悲しみ、そしてそれらを踏まえた提案を伝える際の意志の強さと、その返答を待つ間の不安……
 比較的長めの一連のセリフによって、健気な言葉と流動する感情を楽しめる場面で、ここの演技力は本当に稀有な水準だと思う。
 私など神経が細いので、セリフを聴きながら我が事のようにメチャメチャハラハラしてしまった。


5 総 括
 総じて、浅見ゆいという人の強みが多く現れた作品
 優しい声と物語を求める聴き手の需要をよく理解しつつ、ご本人の好みの音に強くこだわり、抜群の演技力をもって演ずる。いろいろな魅力が総合的に最大限発揮されていて、個人サークル1作目とは信じ難い高水準の完成度となっている。
 こんな素晴らしい、爽やかで優しく、心配りの行き届いた作品がたったの660円で聴くことができるのは、とてもありがたい。逆にむしろ詐欺だろ。(?)

 というわけで、正統派で古風なメイドさんにお世話されてェ〜と思ってるヤツは買え!買って聴いてレビューを書け!癒やされろ!浅見ゆいさんを推せ!

1日限りの貴方のメイド Butterfly Dream https://www.dlsite.com/home-touch/work/=/product_id/RJ182623.html

 やっぱ全人類聴け。言い訳は聞きたくない。
 私からは以上、質問・確認事項は私のツイッターかコメント欄まで。

2020年1月15日水曜日

Glareシリーズ覚え書き、その2、Glare2

1 全 般
  えっちシーンはありません。
  作者サイト「クレナイブック」でダウンロードできるのでやりましょう。

2 導 入
  我々の世界よりずっと未来のお話。地球の人口問題を解決するために作り出された人工惑星アクアブルーに住む主人公(ユーザー)(あなた)。ある日突然届いた家電メイド・グレアさんとの同居生活が始まってしばらく経ちました。料理はまだまだ苦手なグレアですが、がんばって家事全般をこなしながら、いい話相手として愚痴を言い合う、愉快な関係になっていました。
  ユーザーはちゃんと会社勤めをしていて、お仕事内容は不詳ですが、アクアブルーの周辺のデブリを調査したりもする、宇宙の現場作業員です。長期のミッションもある一方で、休暇もまとめてもらえる、そんな勤務体系。
  というわけで、また長期休暇をもらったユーザーは、かねてより地球行きを願っていたグレアさんを連れて、地球にある自分の家で休暇を過ごすことにしました。
  ユーザーの家の窓からはすぐそこの海岸がよく見え、アクアブルーにいたときの真っ暗な部屋とは随分印象が違います。散歩をしたり、テレビを見たり、一緒にお菓子を作ったり、なんてことのない日常を楽しむ二人。
  そんなある日、グレアはなにやら不可解な寝言を言い始めます。起きてから尋ねても、本人は関係の有りそうな夢は見ていないと。家電が予期せぬ挙動をしているわけですから、故障を少し心配したユーザーは、寝言の謎を解くことに決めます。

3 ゲームシステム
  前作に引き続き、単語入力で進みます。
  ちょっとした違いとして、単語入力の前に「話題で話す」と「適当に話す」という選択肢があります。「話題で話す」は前作の単語入力窓を呼び出し、入力した単語によって、検索したことになったり、単に話題を提示してグレアさんとおしゃべりが始まったりします。「適当に話す」を選択すると、グレアさんがおしゃべりをしてくれます。
  話題は複数あり、本筋のものもあれば、脇道のサブルートに派生するものもあります。本筋は寝言の謎を探るものですが、海に遊びに行ったり、買い物にでかけたり、ぬいぐるみを作ったりと、長期休暇ならではの楽しい日常パートとしての脇道がたくさんあります。いくつか一枚絵のCGもあるので、回収のために色々話題を読んで単語を入力しましょう。

  実のところ、本作はルート分岐が複雑で、全単語・会話回収の難易度はシリーズで一番です。がんばりましょう。グレアさんはかわいいので大丈夫です。

4 ストーリー
  前述の通り、本作は話が複雑なので、確認のためにちょっともう一度プレイしてきます。

2020年1月12日日曜日

Glareシリーズ覚え書き、その1、Glare(Glare1more)


1 Glare(及びGlare1more)
  Glare、というPCゲームがあります。あるので、今日はそれについて書きます。(情報量ゼロの前置き)

  フリーゲームのGlareには全年齢版とえっちシーンありの18禁版があります。それぞれ作者サイト「クレナイブック」でダウンロード可能です。
  そのリメイク作品であるGlare1moreはSteam並びにDLSite及びDMMで発売中です。DLSite及びDMM版はAndroidで動かせるため、スマートフォンでもヒロイン・グレアさんの姿が拝めます。買いましょう。私は先にSteamで買ってからそれを知ったので2回買いました。
 
2 導 入
  ある日、主人公(あなた・プレイヤー)の元に大きく重い段ボール箱が届く。その中にはまっしろい肌の少女が詰め込まれていた。なにやらホラーっぽい導入。
  機械的な駆動音と電子音を鳴らしながら動き始め、「ああ、私は製品として売られたのですね……」と悲しげに呟く彼女の名はGlare(グレア)。人間ではなく、ある企業が作りだしたメイドロボだった。しかし主人公はメイドロボを買った記憶はなく、グレアもまた送り出されるに至った経緯を知らない。なぜ主人公の元に届けられたのか、その謎を探るために、一時的に主人公を「ユーザー」として認めてくれるという。
メイドロボであるグレアは、単に家事を遂行するだけでなく、インターネットに接続して、検索やネットショッピングをすることもできる。グレアと会話しながら、謎を解き明かせ。でも変な(えっちな)ことしたらユーザーを殺して自分も死ぬってさ!というのが一作目のストーリー。

3 ゲームシステム紹介
 本作品はジャンルとしてはADVゲームですが、よくある選択肢式ではなく、『ポートピア連続殺人事件』に代表されるような単語入力式です。これが、検索機能を備えるメイドロボ・グレアさんへの入力であり、あるいは会話の取っ掛かりとなります。例えば、当初グレアは自分を送り出した企業のことを「弊社」と表現していますが、「弊社」と入力すると、グレアさんが「弊社」とは「ユウロピウム社」という企業だと語ってくれます。
 会話の中で登場したワードを入力し、検索又は問いかけとすることで、徐々に謎がほぐされていくのです。
 (以下、作品の核心に関するネタバレ)

2019年6月16日日曜日

GODZILLA、ゴジラ!

ゴージラ ゴジラ
ゴージラ求人
ゴージラゴジラで高収入
  

 映画『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』を観てきました。
 これって例の『キングコング︰髑髏島の巨神』と同じユニバースなんですね。そっちは観てないけど。
 以下、ネタバレありの備忘録。

2019年4月6日土曜日

キュア近況報告

 ご無沙汰しています。

 ご無沙汰しているうちになんか1年くらい経ってる気がしますが、体感ではひと月くらいなので、えー、お久しぶりです。
 この間、専業労働者になったり、研修を受けたり、現場に立ったり、自動車の免許を取ったり、また研修を受けたりしております。

 あと、そう!いちばん大事な変化!!
 プリキュアを観始めました!

 仕事よりプリキュアを優先、それがフランス流。

 アイカツおじさんからプリキュア。
 もう俺のことは女児だと思ってください。

 やっぱり女児アニメは良いですね。深夜アニメとかでは、なんか意味もなくキャラクターの性的な記号が強調されてて、女児アニメに慣れるともう結構しんどいですね。そば・うどんに慣れてるところにラーメン二郎を出されるみたいな。
 ラブライブ!のサンシャインなイタリアに行く映画を最近観たんですけど、乳袋がすでにしんどかったです。
 やっぱこう、おじさんが脂っこい食べ物から蕎麦に寄っていくように、オタクは女児アニメに回帰する。さっぱりしたものを好むようになっていくわけです。
 イタリアといえば映画『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』なので、皆さんラッシャイの映画と『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』を観てください。

 アマゾンビデオで有料配信中なんですね。

 何の話しましょうか。やっぱ女児アニメとアメコミ映画ですかね。
 魔法つかいプリキュアは百合。あとキュアミラクルさんと殴り合いたい。
 映画『スパイダーマン:スパイダーバース』はすごく良かったです。俺たち幼少期にサム・ライミのスパイダーマンを刷り込まれた世代としてもな。

 以上!キャプテンマーベルとバンブルビーは最高だから観ろよ!

 やっぱ専業労働者は良いことないな!
 キュアップ・ラパパ!早くこの人生終われ!

 令和最初のネガティブ記事。
 キュアミラクルさんに人生壊されてえよな。
 無印と魔法つかいプリキュアを全話、あとはスイートを47話くらい観たくらいなので、まだ自学研鑽が必要です。

寄稿文『旧世紀エヴァンゲリオン FAKE GENESIS EVANGELION 鋼鉄の宴』第十章後半


第十章後半

2017年12月28日木曜日

『スター・ウォーズ/フォースの覚醒 (吹替版)』 2015、備忘録代わりの感想。

『スター・ウォーズ/フォースの覚醒 (吹替版)』(エピソード7)を観ました。
http://amzn.asia/5U2s7xY

結論:強固なスターウォーズオタクでなければ素晴らしい映画です。見て大丈夫です。
まあ強固なスターウォーズオタクは周囲の評判なんて聞くまでもなく見るだろうし、実際もう2年以上経ってて見てないわけないので、この記事を読んでる人はみんなスターウォーズへの態度は普通だと想定しておきます。

先に自分の態度を表明しておくと、私はレンタルDVDで4,5,6の旧三部作を普通に楽しみ、新三部作の1,2,3で微妙な気持ちになりつつ、7を飛ばして、『ローグワン』を劇場で観て大はしゃぎしたくらいの、普通のアメコミ系映画ファンです。

以下、ネタバレあり。

2017年12月24日日曜日

映画『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』感想など(準備稿)

 イタリア生まれのスーパーヒーロー映画、ガブリエーレ・マイネッティ監督の『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』(原題:Lo chiamavano Jeeg Robot 皆はこう呼んだ「鋼鉄ジーグ」)。
 私が2017年に観た映画ベスト10を上げるなら、間違いなく入ってくる傑作です。というか誰も上げないだろうから、私は贔屓を込めて、これをベスト1だと言っていきます。
 ミニシアター系での上映だったので、周りで観た人はほとんどいなかったですが、唯一ロボガ界隈では話題になりました。鋼鉄ジーグですからね。
 今日はその感想とか、考察とか、気づきとか、まあその辺のことを気の向くままに書こうかと思います。 ネタバレありです。

 

2017年12月16日土曜日

トマト缶とオリーブオイルとアイカツ!149話(試作版)

 今日は、トマト缶を使ったトマトソースをベースに作れる、三つの料理のレシピの話をします。ついでに業務スーパーを活用します。
 想定している読者は、特に料理を教わっていないような自炊初心者、アイカツ!あかりGenerationを見て紅林珠璃に近づきたいと思った人などです。
 オリーブオイルとニンニク、トマトというアンダルシア地方やスペイン南部の料理を特徴づける素材を使っていきましょう。
 業務スーパーでの買い物の話、料理の簡単な理論、実際のレシピ、という三つのトピックで書いていきます。(先にこう宣言することでこの後の話が逸れていかないように気をつけている)
(推敲をしていないので、追々修正します。)

1.業務スーパーで買い物をしよう
 ・オリーブオイル
 地中海といえばオリーブオイルなので、何はともあれオリーブオイルを買いましょう。
 業務スーパーの店頭には、選ぶほどの選択肢はないと思いますが、大抵イタリアかスペインからの輸入品なので、そんなに香りの悪いものはないはずです。
 500mlボトルなら600円くらい、1Lボトルなら800円くらいで売っています。
 割高に感じるかもしれませんが、初めてであれば500mlボトルをおすすめします。
 この際は、きちんと「エクストラバージンオリーブオイル」であることを確認してください。「オリーブポマスオイル」という、5段階くらい程度の落ちるオリーブオイルと間違えないように。
 (16日追記:オリーブオイルは紫外線で香りが劣化するので、保管は冷暗所、例えば台所の下の物入れなどにしまってください。すぐ取れる場所に置きたい場合はボトルをアルミホイルでくるむと良いです)

 ・トマト缶
 業務スーパーはトマト缶がとっても安いです。400g缶が税込みで80円ちょっとです。これも地中海料理には欠かせないものなので買いましょう。ホールとカット、どちらもとても便利です。それぞれの利点などは後述しますが、僕は3缶は常備するつもりで買い続けています。(12月21日修正:本稿ではカットトマトを使うレシピのみに修正しました)

2017年12月13日水曜日

ロシアの両刃カミソリ(Saiver〈Сайвер〉 DE 2.0)

くっそ久々に両刃カミソリの話。

 eBay(ヤフオクとアマゾンマーケットプレイスが一緒になったような、アメリカの通販サイト)でロシアの両刃カミソリを買いました。
 商品名は「Russian Army Metal Handle Vintage Double Edge Safety Razor with open COMB new!」、つまりロシア軍金属ハンドルヴィンテージ両刃カミソリ(オープンコーム付き)。

2017年11月19日日曜日

アイカツ!のスペイン料理を精読する(110話編)


アイカツ!のスペイン料理を精読する(110話編)


  アイカツ!あかりGenerationといえば紅林珠璃、紅林珠璃といえば料理が得意なキャラなわけですが、本稿では彼女が作るスペイン料理について考察してみたいと思います。

1.紅林珠璃とカミーノ・セリオ
 ベネディクト・アンダーソンは言いました。「国民国家」とは近代に入ってから(主として言語の共通性によって束ねられることで)生み出された「想像の共同体」であると。(初手白銀リリィ芸)(→wikipedia「想像の共同体」)
 良くも悪くも、国家とは、もとは小さな共同体や教会を中心とした地域社会だったものを、「公定ナショナリズム」によって束ねたものなので、その中身は地域によって様々であることが多いです。現代日本を例にとっても、東京と京都、東北と九州ではまったく風土が異なる。あるいは戦前の沖縄では悪名高い「方言札」があったように、こうした地域的なナショナリズム(ここでは、例えば琉球語)を、国家的なナショナリズム(同様に「標準語」)で抑圧したり吸収したりしながら、国家というものは成立しているわけです。
 というわけで、やはり「スペイン料理」と一口に言っても、本来はスペインの各地域ごとに料理の雰囲気は様々です。

 「国民国家」(nation-state)の成立という観点から言えば、「近代」とは、フランス革命の始まりである1787年かバスティーユ牢獄襲撃の1789年以降ということになりましょうか。ナポレオン率いる国民軍が、「愛国心」による紐帯で結ばれていたことや、その軍事的脅威に接していたドイツが、のちにビスマルク主導で帝政ドイツとして束ねられたことは有名ですね。
 帝政ドイツ以前のあの地域は領邦国家、まあ日本で言えば幕藩体制のようなもので、個々の領邦国家と、フランス全土が一体となったナポレオン軍では、彼我の戦力差はあらゆる面で明らかでした。こうして一度はフランスの侵略を受けたドイツ地域でナショナリズムの高まりが起こり、文化・言語的な面から「ドイツとはそもそもなんなのか」ということを問うムーブメントの中で編纂されたのが、ドイツ各地の民話を収集した『グリム童話』です。
 これもまたご存知の通り、アイカツ!3期のロマンスドレス時代には、グリム童話由来のモチーフが多数登場するので、こうした世界史的な流れはもちろん興味深いのですが、それは今回は主題ではないので忘れましょう。(ここまで全部本論に関係ない)

 スペインの歴史について、アイカツ!に関係のある時代だけ述べるなら、16世紀始めから近代の直前までのスペイン帝国最盛期が注目に値します。このころ、スペイン帝国はアメリカ大陸やフィリピンなどに出張っていってあちこちの文明を滅ぼし征服した(この「征服者」を指す言葉が「コンキスタドール」です)ので、それが141話「ホットスパイシー・ガールズ!」のメキシコ料理のくだりや、149話「ふぞろいのカラーたち」のフィリピン系デザイナー・ムレータ淳朗の話に反映されています。(紅林珠璃とエンシエロ篤はコンキスタドーレスなのかもしれない)
 しかしスペイン帝国は近代の始まりと入れ替わるように徐々に衰退してゆき、第一次大戦こそ中立で乗り切ったものの、その直後にはスペイン内戦が勃発、1939年に集結したものの、国土は大打撃を受け、それから1975年まではフランコ将軍による独裁政権下にあったのでした。で、1978年に現行のスペイン1978年憲法が制定されて、今の体制が出来上がった。
 紅林珠璃のパパであるカミーノ・セリオが生を受けたのは、こういった国でした。
えっ……かわっ……かわい……ええ……(絶句)

 珠璃の初登場が2014年11月20日(最速放送と劇中の日付がリンクしていると考えた場合)で中学1年生。珠璃の誕生日は7月31日ですから、このときは13才ですね。逆算すれば、珠璃が生まれたのは2001年の7月31日。(「アイカツ!世界2013年がメッチャ長い問題」は今は忘れてください。本来はアイカツ史学で使われる「いちご暦」を採用したほうが精緻化できるのですが、そうすると今度は現実との折り合いがつかなくなるので……)
 『アイカツ!』のオトナは全員年齢不詳ですから、カミーノ・セリオの年齢もまたわかりませんが、まあざっくり言って、生まれは70年代(結婚・出産時30歳くらい)から80年代初頭(結婚・出産時20歳くらい)と言ったところでしょう。フランコ体制末期のスペイン国内の雰囲気は存じませんが、後継者の暗殺などもあったわけですから、それなりの文化的混乱はあったのかなあと推測します。
  フランコ体制下では、「スペイン」という単一のナショナリズムを掲げるために、それなりに文化的な締め付けが図られていて、多様な色彩を持つスペイン各地の郷土文化が抑圧されたり、逆にある文化だけが称揚されて、若者からはダセェと思われたりと、いろいろだったそうです。
 「38年間の長きにわたるフランシスコ・フランコ独裁政権は、権力集中化を狙って、徹底した隔離政策、検閲、カトリック教育を行った。唯一、彼に保護された音楽がフラメンコであり、そのため外国でもてはやされているフラメンコも、本国スペインでは多感な若者たちが、最も忌み嫌う音楽となっていた。フラメンコの再評価、及び個性的なスペイン・ロックが続々と出現するのは、フランコ他界後の1980年代初期であり、英米産ロックの物まねを脱して、名実ともにスペイン・ロックと呼べるグループが出現するのは、1980年代も終わりに近づいてからであった。」(wikipedia「フラメンコ」)

 カミーノ・セリオは単なるスペイン料理人ではなく、ひなき曰く「創作スペイン料理で大注目」されたシェフでした。彼が日本に来たきっかけや、「創作スペイン料理」なるものを作るようになったきっかけを知ることはおそらく不可能ですが、フランコ体制末期や崩壊直後に生まれて育ったであろう彼のルーツを考えると、いろいろおもしろいですね。(彼の実家はスペイン・アンダルシアにあり、度々そちらに帰省していることは115話で語られていますから、日本で生活するようになったのはカミーノの代からでしょう。)

 ずいぶんムダ話を入れましたが、ここで確認したかったのは、スペインの歴史と、カミーノ・セリオが「創作スペイン料理」の人であること、の二つです。

 あ!スペインの地理も確認しましょうね!
赤く網掛けになっているのがアンダルシア。最南端ジブラルタルはイギリス領。
  スペインの料理は本来非常に地域色が豊かで、料理以外にも、首都マドリード以北と以南ではまったく文化の色合いが異なります。見ての通り、北端(北大西洋やフランスに接する)は山が多いのに対し、南側は地中海に面しています。さらにアフリカ大陸とも近くイスラムの支配下にあった時期も長かったので、スペインにはイスラム文化の影響も多々あり、「新大陸由来のものを除き、スペイン南部で使われる食材のほとんどはイスラム支配時代に起源を持」ち、米がスペインに入ったのもイスラム由来だそうです。

 というわけで、アンダルシアはスペイン南部であることも覚えておきましょう。
 (wikipedia「スペイン料理」「アンダルシア州」)


2.110話「情熱のサングリアロッサ」
 ようやく飯テロだぞ!

かわいすぎる

 まずは四人が買ってきた物の確認です。

 ひなき:人参、ズッキーニ、玉ねぎ、じゃがいも、セロリ(?)。
 あかり:牛乳、ワインビネガー(?)、飲むヨーグルト(?)、ほか瓶多数
 珠璃:ソーセージ、チーズ、ハム、オリーブの瓶詰め、缶、中身不明の白い箱、缶と思われる何か。 
 スミレ:ロブスター、エビ、ムール貝、魚。

 おそらくひなきは八百屋担当でしょう。
 あかりはえらく重たいものが多いですね。向かって左奥の緑の瓶はオリーブオイルかなあとも思うのですが、のちに登場するオリーブオイルはディスペンサーから出しているのでエンシエロ'sキッチンのものと思われ、買う必要はなく、違う何かかもしれません。(もちろん、キッチンになにがあるか分からず、スペイン料理にオリーブオイルは必須であることを思えば、念のため買ってきたとしてもおかしくはありません。)
 茶色の角瓶はなんでしょうか?前述の緑の瓶と角瓶の間に赤いものが見えますが、これは何なのか。それとも緑の瓶の中に赤い液体が入っているのか?赤なら明らかにオリーブオイルではないことになります。さらに角瓶の左隣にはプルトップの缶が見える気もします。青い蓋にピンクのラベルのクリーム色の瓶は?その右の牛乳瓶のようなものは?
 スミレは海産物担当ですね。特に言うことはありません。このときまだ魚は料理できないはずなので、料理のときは触ってないでしょう。

 人参、じゃがいも、玉ねぎ、キャベツ、バゲット、ナス(?)、瓶詰めの何か、赤いもの、白いもの、トマト、ズッキーニ、ご飯(後にパエリアを作るので)、調味料多数。四角い皿か陶器のバットが多数と、カスエラ(後述)、金属のバットかカトラリー入れ。右端のは何?茶筒?

 オリーブオイルでにんにくを炒めて香りを出す行程と思われる。にんにく丸のまま炒めてない?
(一般に、にんにくは細かく刻むほど香りが立つ)
ムール貝のタパス(タパスとは小皿料理のこと。前菜あるいはおつまみ)

 まず目を引くのはパエリアですね。その右隣にあるのはエビのアヒージョでしょう。そしてサラミ的なものに、ムール貝のタパス。そしてサラダと、画面右下のなんか白いやつ。(画面左下にあるのは、取り皿とみなしました)

 パエリアはひと目見て分かる通り、語るのが非常に難しいので後に回します。
 サラダはレタスと紫キャベツとかでしょう。あまり興味を惹かれないので割愛します。
 画面右下のなんか白い皿はなんですかこれは。はんぺんですか。

 アヒージョのお皿が、さっき書いたカスエラという、耐熱性の陶器のお皿です。陶器だからオーブン調理するものかと思いきや、カスエラは直火OKだそうです。土鍋みたいなものでしょうか。アヒージョは、オリーブオイル、にんにく、鷹の爪、塩がベースで、そこに入れる具材によって、エビのアヒージョになったり、キノコ(マッシュルーム)のアヒージョになったりするそうです。

 サラミ的なものは、スペイン料理であることを考慮すればチョリソだと考えるのが妥当でしょうか。日本でチョリソと言えば辛いソーセージですが、スペインのチョリソはパプリカの赤みがあるだけで、さほど辛くないということですから、そのへんでしょう。ただ、スペインにもサラミはあるらしいので、やっぱりサラミなのかもしれません。じゃあスペインのサラミとチョリソは何が違うの!?知ってる方がいたら教えてください。熟成期間の長短なのかな……(wikipedia「チョリソ」「サラミ」)

 そしてムール貝のタパスが難しすぎる!おそらく三種類の盛り合わせと、彩り兼付け合せのオリーブです。緑、オレンジ、カラフル。
 まずカラフルなやつ(五つ作られている)はアップで映るのでそこから考えましょう。刻んだ生ハムにパプリカ三種と玉ねぎのマリネ、そこにブラックオリーブを乗せているとみていいでしょう。どうみてもカシューナッツの形をしているのは気になりますが、ナッツでは食感もアンバランスな気がしますから、やっぱり玉ねぎってことで良いんじゃないでしょうか。マリネとしてはちょっと具材が少なくも見えますが、もう気にしないことにしました。
 オレンジの、なんか人参の千切りみたいなのが乗ってるのとか、緑のはもうやっぱりわからないので、わからないということにしました。(諦め)
 ムール貝のタパスということで軽く画像検索しても、あまり似た見た目のものがヒットしません。分かる方がおられましたら、情報ください。
 ところで業務スーパーでは冷凍のムール貝を安く売ってることがよくあります。業務スーパー、行こうね?

 さて、いよいよパエリアを考えていきたいと思います。日本では、パエリアといえばエビとムール貝とイカですが、そもそも本場バレンシア地方のPaellaは海産物はあまり使わず、鶏肉と山の幸で作るそうです。なのになぜパエリアと言えば海産物の印象があるのか?ざっとネットを見た限り、この海産物のパエリアは、イスラム教徒を排斥するための、カトリックの“ハレ”の食事なんじゃないかなあと感じました。イスラムは「うろこのない魚」(つまり貝やイカなど)を食べられません。また、スペインのブラッドソーセージであるモルシージャや、それら豚由来の食材を用いた煮込み料理は、13世紀のレコンキスタ(端的に言えばイスラム―キリスト教の勢力の逆転です)や16世紀の(キリスト教を国教とする)スペイン王国成立以後、イスラムからキリスト教への改宗を示す“踏み絵”として機能したようです。魚介のパエリアも同様かなあと。
 とはいえ、魚介のパエリアはスペインのムルシア(アンダルシアとバレンシアの中間で、これまた地中海に面している)で発達したという話や、あるいは逆に魚介のパエリアは20世紀以降ツーリズムへの対応として生まれたと書いてあるウェブサイトもあり、前後関係をここでサッと特定するのは難しいなあといったところで、いい加減本編のパエリアに戻りたいと思います。

これはなに

 一見して分かる通り、パプリカ、さやいんげんなどを用いていないので、伝統的なバレンシアのパエリアではありませんね。
 まず黄色い柑橘が目を引きます。えらくデカく見えるのが気になりますが、まあレモンとかの類でしょう。パエリアには絞りながらいただくためのレモンやライムが添えられることもあるので、たぶんこれは調理してから後乗せしたのでしょう。ただ、中心の二切れの他に、二つ横倒しになったレモン(?)も転がっていますね。どういう盛り付けだ。
 貝はムール貝ではなくアサリ。スペインはアサリの漁獲も盛んですし、日本でも手に入れやすいですから、合理的です。
 刻みネギのように見えるのはパセリ、鍋下端付近のパセリが連なって見えるのでフレッシュパセリと考えられます。
 緑色の塊がちょっと迷うところです。ほとんどはズッキーニらしく見えるのですが、画面下半分あたりのは、くし形に切られたかぼすか何かのようにも見えます。全部ズッキーニか、あるいは一部ライムか。
 くし形のトマトも見えますね。
Juri's kitchenの追いオリーブ
 赤いひらひらしたものがなんなのかは解釈するしかありません。鶏肉ではないでしょう。形が不規則なのでベーコンっぽくもありませんし、生ハムをちぎって入れてるんじゃないかなあ。
 見えていませんが、刻みタマネギは入っていると想定するのが妥当だと思います。
 まとめると、生ハムとアサリのトマトパエリアですね。 
(wikipedia「パエリア」)
 
パエリア鍋、デカくない!?
   
3.実践編
 このパエリアを自宅で作ってみよう!というときのための備忘録です。
 用意するもの。
 米、水、塩(またはコンソメ)、サフラン(ターメリックなどでも可)、白ワイン(料理酒でも可)、にんにく、オリーブオイル。
 玉ねぎ、トマト、ズッキーニ、柑橘類。
 アサリ、生ハム。
 ちょっと難しいのはフレッシュパセリですね。まあ乾燥パセリで代用することになるでしょう。もし家になければ、どうせなら香りが抜けにくい乾燥オレガノを買うのもおすすめです。
 調理器具はフライパンを想定しています。

1.まず、オリーブオイルでにんにくを炒め、香りを出したら、砂抜きしたアサリと白ワインを入れて、フタして蒸して、アサリどもが口を開けたらフライパンから出して、出汁ごとよけておきます。
2.続いて、またオリーブオイルとにんにくで、トマト、ズッキーニを炒めます。大体火が通ったらまたよけます。
3.で、オリーブオイルとにんにくで、今度は米(洗わないでよい。無洗米ならなおよし)と刻みタマネギを透き通るまで炒めます。イイカンジになったら、水・塩・サフラン・アサリの出汁を混ぜたスープと、炒めた野菜を投入します。軽く混ぜて平らに均したら、最後にアサリを投入して、蓋をして炊き上げます。
4.米が炊き上がったら生ハムを切ったりちぎったりしてポイポイし、2分位温めて脂の口溶けをよくしましょう。
5.最後に、見た目良く柑橘類とパセリを盛り付けて、完成です。

 水の分量や火加減、炊き上がるまでの時間は、雰囲気でやってください。ピラフとかと同じです。


 俺も紅林珠璃のPaella食いてえなあ~~~~~~。金か?金を出せば良いのか?
 あと紅林珠璃に人間生ハムにされてえなあ~~~~~~~~~~。
(各リンク先の最終閲覧日はブログ更新日です。)

参考文献(というより、インスピレーション元)
・ホンマチ、、2017、『Aikatsu-meshi episode. 1-50(アイカツ飯1~50話)』
・同、2017、『SHAMOJI LINE ―Aikatsu-meshi episode. 1-101―』
・同、2017、『数によるアイカツ飯分析 序論』

2017年11月16日木曜日

アイカツ!あかりGeneration、紅林珠璃史観試論―紅林珠璃とは何なのか―

アイカツ!あかりGeneration、紅林珠璃史観試論

―紅林珠璃とは何なのか―



 本論稿は、「アイカツ!あかりGeneration」と呼ばれる、アイカツ!102話から178話を、紅林珠璃を中心に読み解くための何らかを見い出すための試論である。
 (「考察」ではあっても「評論」ではないが、コミケなどでのいわゆる「評論系」という括り方に合わせて、拙ブログではこうした記事も全て「評論」でタグ付けする)

目次
1.はじめに
2.あかりGenerationとはなんなのか
 2-1.あかりGenerationはつまらない?
 2-2.「人間の物語」としてのあかりGeneration
 2-3.憧れのはじまり――スケールダウンの正体
 2-4.「アイカツの天井」
 2-5.小括
3.紅林珠璃の物語――出落ちと呼ばないで
 3-1.これは私のストーリー――事後報告される紅林珠璃の「物語」
 3-2.三つのアイデンティティの統合
4.紅林珠璃の役割――「再演」を鍵に読み解く
 4-1.114話と115話――紅林珠璃=中山ユナ説
 4-2.では他のキャラクターの家族は?
 4-3.「再演」のための人員
5.まとめと今後の課題
 まとめ
 参考文献


1.はじめに


 アニメ「アイカツ!」は178話からなるストーリーであり、正確には、2016年4月から番組タイトルが「アイカツスターズ!」に変わり話数がリセットされるまで、一貫して「アイカツ!」というタイトルであった。「アイカツ!あかりGeneration」という呼び名は、一部市販用DVD/Blu-ray[1-1]の商品名が、102話収録分以降「アイカツ!あかりGeneration」(以下、適宜「あかりGeneration」「あかりジェネレーション」「あかジェネ」と呼称)となっている[1-2]ことに由来する。この他、2017年8月に発行されたムック本『アイカツ!あかりGenerationオフィシャルコンプリートブック』も同様の表記となっている。
 これらの用法ではあかジェネとは102話から178話を指すが、論者によっては大空あかり登場時を起点に75話から178話をあかジェネとして論ずる場合や、逆にアバンから星宮いちごが消えた126話から178話をあかジェネとして論ずる可能性もある。本論稿では原則として「あかりGeneration」を102話から178話を指す呼称として扱う[1-3]

 いずれにせよ、このように番組タイトルにも名を付けられている大空あかりがアイカツ!あかりGenerationの主人公であることは明白である。そして、アイカツ!1期2期においてOPソングを歌ったのが、星宮いちご、霧矢あおい、紫吹蘭(と、一部神崎美月)であったように、「あかりGeneration」のOPを歌うのは大空あかり、氷上スミレ、新条ひなきの三人である。
 また、1期2期の主人公・星宮いちごが三人でユニット「ソレイユ」を組んだのと同様に、あかりGenerationの主人公・大空あかりは三人でユニット「ルミナス」を結成する。この、あかり、スミレ、ひなきの三人が特に重要な人物であることについては贅言を要さない。
 しかしあかジェネにはもう一人、重要な人物が存在する。109話から登場し、あかりと同級生でありながら、あかりよりさらに遅くに編入してきた[1-4]、紅林珠璃である。
 1期2期においても、主人公と同学年の主要登場人物はいた。有栖川おとめと藤堂ユリカ、一ノ瀬かえで、付け加えるならば神谷しおん。さらに2期からはドリームアカデミーの四人も登場した。だが紅林珠璃は「女優」のアイドルでありながら、同じく女優業の神谷しおんほどには物語から疎外されず、しかしレギュラーメンバーでありながらも、ユリカやおとめが果たしたようなスターアニス入りやアイカツ8入りは逃している。
 決定的なことには、紅林珠璃はあかり自身を含めた同期生4人のうち、一人だけルミナスに入れていない。珠璃と、「仲の良い三人のうち一人だけアイカツ8に入れなかった新条ひなき」[1-5]は、二人のユニット「情熱★ハラペーニョ」を組んでいたのに、ルミナス結成時にはそれもさほど問題とされなかった。
 「仲の良い三人のうち一人だけ」という言葉に一人だけ含まれていない紅林珠璃……

 この独特の立ち位置の親愛なる同期生、紅林珠璃は、あかりGenerationにおいていかなる役割を果たしているのか。以下はこのテーマで考察していく。本論稿と、未だ書かれざる私の以後の論稿群の最終目的は、あかりGenerationを紅林珠璃に着目して読み解くある種の枠組み、言うなれば「紅林珠璃史観」を提唱することである。 
 なお、本論稿は原則としてアニメ版についてのみ論ずることとし、データカードダスアイカツ!での展開については射程に含めない。消極的理由としては、データカードダスに関するアイカツ史学[1-6]は発展途上であり、参照できる史料が少ないため。積極的な理由としては、本論稿ではあくまでアニメ版での全178話と映画3本[1-7]の体系を考察したいためである。同様に「アイカツ!フォトonステージ」(「フォトカツ」)も射程から外す。

[1-1]:レンタル用DVDなどはこの限りではなく、巻数なども通しで記述される。例えば、102話収録巻は「アイカツ!第35巻」というように。
[1-2]:Amazon「アイカツ! あかりGeneration Blu-ray BOX1」 http://amzn.asia/fQ21WE2
[1-3]:また、アイカツ!の「1期」は1話から50話を、「2期」は51話から101話を、「3期」は102話から152話を、「4期」は153話から178話を指すものとする。
[1-4]:参考までに、wikipediaによれば、アイカツ!109話のテレビ東京での放映は2014年11月20日である。
[1-5]:『アイカツ!あかりGenerationオフィシャルコンプリートブック』(という名の福祉)より
[1-6]:しゅら氏による「アイカツ史」などの試み
[1-7]:映画3本=「劇場版アイカツ!」「アイカツ!ミュージックアワード」「アイカツ!~狙われた魔法のアイカツ!カード~」

2.あかりGenerationとはなんなのか


 本論稿の最終目的があかりGenerationを読み解くための「紅林珠璃史観」の提唱である以上、そもそもあかりGenerationとはなんなのかを、先行研究を参照しながら確認する。


2-1.あかりGenerationはつまらない? 

 きな臭い話から始まるが、あかりGenerationについて批判的に論じた最も有名な論稿の一つがこれであろう。
 「アニメ「アイカツ!」の名を地に落としたあかりジェネレーションについて
 このブログ記事に限らず、「あかりGenerationは1期2期に比べてつまらなくなった」という言説は多い。その理由はいくつか挙げられていて、曰く「スケールダウンした」、「努力や挫折(≒勝負)が描かれていない」、「美少女動物園になっている」などなど。しかしここではそれらの言説が妥当であるかどうかはあまり問題ではない。「おもしろい」「つまらない」自体は主観的なものであり、作品を読解するときにあまり懐疑的にばかりなっても意味はないからである。内田義彦が『読書と社会科学』で書いたように、読解には作者を信じる気持ちと疑う気持ちの両方が必要だ。あるいは「チャリタブルに接する」態度[2-1]
 本論稿ではこうした批判的な指摘や言説も意識にとどめてはおくが、これらの言説はあくまで「紅林珠璃史観」のための手段として扱い、目的・結論とはしない。


2-2.「人間の物語」としてのあかりGeneration

 1期2期とあかりGenerationの構造について、甘粕試金氏が書いた論稿「重力のあるところで(『アイカツ!』あかりジェネレーション178話によせて)」は非常に示唆に富む。甘粕氏はいくつかの論稿を通して、1期2期を“神たる神崎美月と、半神半人のいちご”による“いちごの神殺しの物語”と定義し、あかりGenerationを”神話としての1期2期を「人間の物語」として受け継ぐもの”だと定義している。
 美月が神たる証左としては、彼女の食事の描写の少なさや、シリーズ構成・脚本の加藤陽一氏が「いちごにとっての最高の憧れだから「神」」と明言していることが挙げられる。いちごが半神半人なのは、レジェンドアイドル・マスカレードの血を引きながらも、それが彼女の成功の理由とはされない描写や、お弁当屋の娘で誰より大食い、しかし大空あかりの登場以後は「天才タイプ」として扱われる描写などからである。
 「私はこの一連の「物語」を「王権神授的」と形容したいと思います。」
 「神の位置から格下げされることにより人間の統治が始まるという「物語」」
 要約すれば、甘粕氏の見方は、1期2期が神話で、あかりGenerationは神話を人間の物語として「再演」するもの、ということになるだろう。甘粕氏はおそらく「再演」という言葉は使っていないが、本論稿ではこの「再演」という言葉であかりGenerationを再定義し、それを軸に論を進める。


2-3.憧れのはじまり~スケールダウンの正体~

 大空あかりは、177話でスターライトクイーンに輝いた。これと178話のマラソンをもって、大空あかりは星宮いちごに追いついたと認められる。しかし、本当にあかりはいちごに追いついたのだろうか?『劇場版アイカツ!』でいちごは「よじ登っておいで」と励まし、あかりが「絶対行きます!」と答えたが、あかりは美月といちごの立つトップに到達したのだろうか。おそらく、あかりはこの意味でのトップにはたどり着いていない。
 スターライトクイーンカップは、物語の途中から“中等部の生徒だけが参加するコンテスト”として設定された。神崎美月は結局スターライトクイーンであることには満足せず、さらにアイカツを盛り上げるためにスターライト学園の外に出た。おそらくどう読み解いても、美月の全盛期はスターライトクイーンカップ当時ではなく、それより後にある。また星宮いちごは50話でスターライトクイーンにこそなれなかったが、やはりそれ以後も成長を続け、ついには劇場版で美月を打倒した(=神殺しを果たした)。
 一方で51話時点でスターライトクイーンとなっていた有栖川おとめは、いちご・美月並みの活躍は描かれなかった。
 1期2期を見る限り、スターライトクイーンという肩書はさほど重要ではなさそうに思える。あるいはせいぜいが通過点といったところか。
 この点で、確かに1期2期からあかりGenerationはスケールダウンしている。余談だが、同じくサンライズ制作のアニメ『ガンダムビルドファイターズ』(以下『GBF』)は、主人公コンビが地区予選から全国大会を突破し世界大会優勝を果たして、更には世界を救うまでの物語だが、続編の『ガンダムビルドファイターズトライ』(以下、『GBFT』)は主人公トリオが全国大会優勝を果たしたところで終わっている。皮肉なことに『GBFT』においても「美少女動物園かよ」という批判がよく聞かれた。

 なぜこうした「スケールダウン」が起こったのかについて、筆者は以前、アイカツおじさんの先輩・めりんぎ氏と議論を交わしたことがある。めりんぎ氏は144話『ドッキリアイドル大作戦!』で視聴を断念した。筆者はめりんぎ氏と度々Skype限定アイカツおじさん無関係オーディオコメンタリーを実施していたので、彼ほどの情熱を持つアイカツおじさんが、なぜあかりGenerationの途中で脱落してしまったのか、彼の感じた「つまらなさ」「違和感」がいかなるものなのか理解をしたかった。それを問う筆者に対し、めりんぎ氏も言語化困難な感覚をまとめようと、議論をしてくれた。
 その中で我々は、ひとつの知見を得た。

 いちごとあかりは「憧れのはじまり」が違うのだ。
 星宮いちごのストーリーは、神崎美月のライブを見たことから始まった。 この時点で既に美月は「トップアイドル」であった。しかし、大空あかりのストーリーは、潜在的には12話『WE WISH YOU A MERRY CHRISTMAS』で、中山ユナのためにクリスマスツリーを伐採するいちごを見たところから始まっている。この時点のいちごは「友達のために動くアイドル」である(notトップアイドル)。
 こうして、必ずしもトップアイドルでもない「星宮いちご」という偶像への憧れが、大空あかりのアイカツの始まりであった。

 もちろん、本格的にあかりが「いちごの場所」を目指すようになったのは劇場版でいちごが「トップアイドル」となった時点であるから、少なくとも113話以降のあかりのアイカツは「トップアイドル」を目指しているはずだ、と読み解くことも可能ではあるが、あかりのストーリーはそれ以前から始まっているから、劇場版を境にハッキリと区切ることは難しいだろう。102話から「あかりGeneration」と名付けられていることはもちろんだが、78話で既にあかりはモノローグで「これは、私のストーリー」と語っている。「あかりのストーリー」は遅くとも78話から始まっていて、この時点のいちごは「トップアイドル」ではない。

 憧れのはじまりが終着点を規定する、と断言するつもりはない[2-2]が、あかりのストーリーのスケールダウンは憧れのはじまりによってもある程度規定されていたとは言えるのではないだろうか。

 
2-4.「アイカツの天井」
 
 ともあれ、甘粕氏が最終的に指摘するように、「人-神(=星宮いちご)から「バトン」を受け取った人間(=大空あかり)は、その「物語」の必然的帰結としてスターライトクイーンの座を襲名する運命にあった。(中略)では「スターライトクイーンカップ」とは、原則的に勝ちも負けも生じ得ない状況を設えたうえで大空あかりの戴冠をスムーズに実現させるための場、以外の何かを意味していただろうか?(中略)「クイーン」の座は、(神崎→星宮→からなる「物語」を担がされた大空以外に)目指す意味のあるものだったのだろうか?」というように、「スターライトクイーン」の意味自体も1期2期での(特に2期での)意味からは大きく変質させられ、「王権神授的物語の帰結としてあかりが戴冠されるための場」として作品内で再定義されたのである。
 1期2期および劇場版において、「トップアイドル」という高みは不確定であった。それは1期2期の時点でのトップアイドル・神崎美月が、常に「アイカツを盛り上げる」、「アイカツの未来」を考える人であったためである。「アイカツの天井」(=美月)[2-3]自体が上がっていくので、ほとんどの人はいつまでも天井に手が届くことはない。だがあかりGenerationにおいては、125話のあかりの決意以降、「アイカツの天井」自体が「スターライトクイーンになること」として固定された[2-4]

 アイカツ!178話と映画3本を、筆者なりに戯画的に要約すれば、1期2期は美月といちごによる神話、あかりGenerationはあかりら人間によるその「再演」(縮小再生産)である。
 神話的奇跡は我々の前に現前する時スケールダウンせざるを得ない。誰か、海の上を歩く人、串刺しにされて生き返った人などを見たことがあるだろうか?


2-5.小括

 もちろん、1期2期とあかりGenerationの構造は、完全な下位互換ではない。『GBF』では一人の選手がガンプラを操縦するのが基本だったところに、『GBFT』は三人チームを一般的な公式ルールとすることで、より多くの人間の群像劇を描こうと試みた。同様に、あかりGenerationもまた完全な「再演」だけにはとどまらない。本稿で詳細を述べることはできないが、あかりGenerationの「再演」からの逸脱・解放は、主として4期部分で多く起こっている。
 また、大空あかりの道のりは星宮いちごのそれの単純な反復でもない。2期終盤の時点で、あかりは「いちごちゃんになりたい」という願望を諌められ、「自分だけの輝き」「オリジナルスター☆彡」を見い出すことを勧められた。ここにあらわれているように、大空あかりは星宮いちごの道程を完全になぞることは、少なくともセリフの上では避けられている。そして「自分だけの輝き」の証としてあかりが見出したのが(星宮いちごは果たせなかった)「スターライトクイーンになること」であった。

 だが、あかジェネにおいてあかりはツリーを伐採し、ソレイユを追ってルミナスを結成し(言うまでもなく、両者とも3人ユニットである)、「戴冠式」においてもなお星宮いちごによる承認を必要とした。これらのことからも、あかりが美月―いちごを貫くSHINING LINE*の線上にあることは否定されない。

 あかりGenerationのこの「スケールダウン」の是非は論じても仕方がない。そうなったからそうなったのだ。我々はそうなったあかりGenerationを読み解くための枠組みを考えよう。以後は、あかりGenerationが「1期2期という神話の人間による再演」であることと、そこにおける紅林珠璃の役割を同時並行で挙げてゆく。


[2-1]:「スペクトラム・シャンディ」後掲書、p.22の司会の発言より
[2-2]:なにより、いちごはどの時点においてもスターライトクイーンにはなっていないのだから、「スターライトクイーンのいちごに憧れる」という構図は存在し得ない。それでもあかりがスターライトクイーンを目指している以上、ここでの読解の仕方はおそらく十全ではない。
[2-3]:イマワノキワ「アイカツ!:第150話『星の絆』感想
[2-4]:この天井を固定したのは誰か。甘粕氏の論稿を踏まえれば、これはこの時点で美月から神権を「奪い」、「治水者」となっているいちごだろう。あかりの「スターライトクイーンになります!」という決意表明をいちごが承認した時点で、あかりの、あるいはあかりたちの(本当に「世代」という意味で、あかりジェネレーションのアイドルたちの)、「アイカツの天井」はスターライトクイーンカップに引き下げられ固定されたのだ。


3.紅林珠璃の物語――出落ちと呼ばないで


 ようやく紅林珠璃の話ができる。俺は紅林珠璃の話をしているんだ
 この第3節および次の第4節は、あかりGenerationが1期2期の再演であるという作業仮説を置いた場合、紅林珠璃の役割というものをどのように考えることができるか、ということについての試論です。
 (上の二つの節から少し時間を空けて書いているので、文体がですます調になります。大目に見てください。大目に見ろ。)


3-1.これは私のストーリー ~事後報告される紅林珠璃の「物語」~

  紅林珠璃は、いったい何故スターライト学園に入学し、アイドルになろうとしたのでしょうか?
 その理由は109話で早速提示されますね。幼少期に「親の七光り」を自覚した彼女は、自分の力で一人前の女優になるために、「紅林可憐の娘」として仕事をすることを辞めて、「イチから女優の勉強をし」、13才になってようやく、女優業に戻る決心をしたのでした。[3-1][3-2]
 そしてその彼女なりの課題は109話において早くも(概ね)解消されました。この流れを再確認しましょう。紅林珠璃のアイデンティティは、おそらく大きく三つの柱に分けられます。
 第一に、彼女言うところの「七光り」、つまり「紅林可憐の娘」であること。
 第二に、「私を見て」と言うときの「紅林珠璃自身」。
 第三に、「女優として演じる役」です。
 第三のアイデンティティが、この109話の場合もっとも重要で、同時にちょっと説明が必要かもしれません。「役がアイデンティティになり得るので?」という疑問もあるかもしれませんから。

 109話は紅林珠璃回、つまり紅林珠璃が成長する回です。彼女の成長とは、外形的に見れば、“自分の力で仕事を得られた”ことです。そのための努力として、回想の形で語られる、長い勉強の期間がありました。
 しかし、アイカツ!178話全体を通して共通の法則として、「努力」が「結果」に結びつくためには、何か「気づき」[3-3]、すなわち内面的な成長が必要だということがあります。
 俗なおしゃべりの中では、『アイカツ!』と言えば崖登りやランニングや腹筋など、とかく、いわゆるスポ根的な「特訓」部分が注目されがちです。確かに、『アイカツ!』の公式サイトの「アイカツ!とは」にも「スポ根サクセスストーリー!」とあるように、そうした側面も強く存在します。
 ですが思い返していただきたいのは、その努力が結実するまでには何らかの「気づき」が常にあったということです。例えば6話『サインに夢中!』は、サインを早くきれいに書くための特訓だけではダメで、「サインは顔をあげて」ということに気づく必要がありました。あるいは1期の前半で度々描かれた、高いハードルを課せられたアイドルたちが厳しい特訓を行いながら、いつしか笑顔を忘れてしまい、そこから「笑顔」の大切さに気づいてブレイクスルーへと至る、という筋も同様です。

 「むしろここでは、スポ根的な特訓(サーフロックっぽいBGMが流れる)の描写は反語的な、結果に通じない努力として用意されることが多いのです。[3-4]

 努力(特訓)→気づき・ブレイクスルー→結果、という流れですね。
 
 そう考えたとき、では109話で珠璃の「努力」が「結果」に結びつくための「気づき」とは何だったか。それは、「女優」という芸能についての『アイカツ!』なりの一つの解答(あるいは定義)でした。
 「七光り」についての胸中を語る珠璃に、あかりが「私、珠璃ちゃんとお芝居がしたい。珠璃ちゃんのアイカツ先生とお芝居がしたいんだ!」「珠璃ちゃん、一緒にお芝居しよう!」と声をかけ、珠璃の手を取り振り向かせます。
 そして珠璃はしみじみと、「私はアイカツ先生。紅林可憐の娘でもなく、紅林珠璃でもなく、アイカツ先生なんだ…」と漏らしたのでした。

 珠璃とあかりの会話は、字面だけ見るとあまり噛み合っていません。では文脈や行間を読むとどうか?
 思い出してほしいのは、21話『オシャレ怪盗☆スワロウテイル』です。この時、「演技の心得」についてきたキャプションは「演技とは、誰かの人生をお預かりすること」でした。
 この109話において預かるべき人生とは、「アイカツ先生」の人生です。オーディションに合格し役を得るには、受験者はアイカツ先生になりきらねばなりません。21話でいちごとおとめがスワロウテイルになりきったくらいに。

 しかし、珠璃がアイカツ先生になりきるのを阻む要因もまた、珠璃自身の中にありましたね。それは「(「紅林可憐の娘」でない)紅林珠璃」として周りから見て欲しいという思いです。
 ユリカがユリカらしさを貫いた反面スワロウテイルになりきれなかったように、「紅林珠璃」という我が強すぎるとアイカツ先生の「人生をお預かり」できない、というわけですね。そしてあかりが先の発言でその我をうまく抑えたおかげで、紅林珠璃は先に挙げた3つのアイデンティティをうまく統合することができました。紅林珠璃のストーリーにおいて、彼女の一番の困難は、この「アイデンティティの統合」でした。


3-2.三つのアイデンティティの統合

 続く110話も同様の方法で読解してみることができます。
 110話「情熱のサングリアロッサ」では、『アイカツ先生』劇中のアイカツ先生と情熱を失った寒杉校長(?)の間の問題と、現実の紅林珠璃と「燃え尽きてしまった」エンシエロ篤の間の問題がパラレル(相似形)になっています[3-5]
 当初は、アイカツ先生を演じるための自分の(冷えてしまった)情熱を取り戻すために、エンシエロのドレスを得ようとする珠璃ですが、彼の元を訪れてみると、エンシエロは冷めてしまっていました。そんな彼に「もう一度ドレスと向き合う情熱を取り戻」させるために、珠璃たちは奮闘するのですが、スペイン料理でも闘牛士の熱い舞でもバラの花束でも、エンシエロを奮起させることはできません[3-6]

 それでも最終的に、珠璃はエンシエロの情熱を再び燃え上がらせるわけですが、これはなぜ可能になったのでしょうか。
 夕暮れの埠頭で、「やっぱり私には、心を凍らせてしまった人を温めることなんてできないのかな」と俯く珠璃は、しかし突然まなじりを決して、フラメンコを踊ります。そしてエンシエロに対し「あなたの炎はまだ消えていない。なぜなら私は、アンダルシアの熱い風があなたから吹き付けるのを確かに感じたのだから」という言葉をぶつけ、彼の情熱を引き出すことができたわけです。
 ここでの説得の論理は明確です。エンシエロの情熱はまだ燃え尽きていない、彼自身のうちからアンダルシアの熱い風が吹き付けてくる。アンダルシアに似た風が吹く街に留まっていることもその証左だ、と。
 突然ですが、97話「秘密の手紙と見えない星」を思い出してみましょう。自分の成長の“停滞”に悩むあかりに対して、いちごは「輝いていても、それが自分じゃ分からなくなっちゃうことがあるんだよ」と説得します。自分で分からなくてもちゃんと輝いてるから諦めるな、という説得の論理。110話で用いられている論理は、これと類似のものですし、(ここで例示をするのは煩雑になるので割愛しますが、)「内なる輝きの発見/再発見」(輝き)と、「その発見/再発見の手助けをする人」(輝きを見出す人)という論理は『アイカツ!』全体を通しても頻繁に出てきます。
 

 論理はおなじみ。しかし110話の特異性は、その「“再発見”を手助けする」側の人である珠璃自身が、情熱=輝きを失っていたはずであることです。
 いつも熱い珠璃が「なんだか寒い」ということは、既にあかりとスミレの口から語られていますし、エンシエロに対しても同様の感想を持っています。落ち込んでいた珠璃は何故フラメンコを踊る気になったのでしょうか[3-7]?冷えていたはずの珠璃がエンシエロに分けるための情熱を、どこから引き出してきたのでしょうか?
 熱力学の話をしたいわけではありませんが、冷めた者同士で熱を分け合うことはできませんから、熱はどこからか持ってこなければならない(もし珠璃自身がそれを己のうちから無理なく生み出せるのならば、そもそも自分の演技に対する情熱に迷いを抱いていません)。つまり“熱源”の所在が問題なのです。

 これは少々無理筋な解釈かもしれませんが、珠璃は「アイカツ先生」というアイデンティティから“熱”を引き出してきたと私は考えています。

 この根拠を説明するには、少々の後ずさりが必要です。
 前項で、109話で「紅林可憐の娘」「紅林珠璃自身」「(アイカツ先生という)演じるべき役」の三つのアイデンティティを統合した、と言いましたが、この「統合」は必ずしも「一つになった」という意味ではありません。神学上の三位一体説を聞きかじったことのある方なら分かると思いますが、父・キリスト・精霊がそれぞれありながら、同時に一体の神として存在するわけですね。珠璃のアイデンティティもそんな感じで、三つの柱それぞれの間を揺れ動き続けます。私が「統合」と言ったのは、この三柱を珠璃自身がきちんと認識して受け入れた、くらいの意味です。
 そして109話で珠璃が掴んだアイカツ先生という役は、ジョニー先生からの説明を聞く限り、別にフラメンコを踊ったり三段ステップ[3-8]を踏む先生ではなく、単に情熱あふれる先生という感じです。事前練習では他に三段ステップを踏んでいる生徒が見当たりませんし、オーディションの中でもそういった要素はありません[3-9]。アイカツ先生の情熱を表現するための手法として、珠璃がそれまで身につけてきたフラメンコ要素を役・ドラマに“輸入”したと考えられます。
 そして110話Aパート、スミレと珠璃の練習シーンで珠璃は、いつも通りの三段ステップを踏んでいますが、珠璃はこれでは納得出来ないといいます。ただステップを踏んでも、それは「紅林珠璃」であって、必要なアイカツ先生像にはならないのでしょう。
 さらに、珠璃はパパの助言も受け、ママが苦悩した経験から、Sangria Rosaのプレミアムレアドレスを得ようと思い立ちました。ここでは、ママ=可憐さんは109話に引き続き「紅林珠璃さん」と呼びかけてくれていますが、それでもやはり、“ママの経験”を聞こうとするのは、「紅林可憐の娘」であることを前提としていますね。そして結果としてこの試みは順当には行かないことを我々は既に知っています。

 「紅林珠璃自身」も「紅林可憐の娘」も、どちらのアイデンティティも、悩みを抱え、冷めてしまっています。だからアイカツ先生の演技もうまくいかず、エンシエロの情熱を引き出すこともできません。

 しかし、珠璃にはもう一つアイデンティティがあります。それが「アイカツ先生」です。110話で垣間見える、実際に放送されているドラマ『アイカツ先生』のアイカツ先生は、(現実の珠璃とは違って[3-10]、)一度として弱音を吐いていません。「アイカツ先生」は冷めていないわけです。

 フラメンコを踊る前の珠璃は、この「アイカツ先生」というアイデンティティから“熱”を引き出して、エンシエロに見せていたのではないか。これが私の解釈です。
 踊りだす前の「やっぱり私には、心を凍らせてしまった人を温めることなんてできないのかな」という独白で「やっぱり」が意味しているのは、アイカツ先生の役作りの上での悩みでしょう。ここで珠璃は自分が演じるべきアイカツ先生のことを思い出したはずです。アイカツ先生の役作りに、どれほど珠璃が悩もうと冷めようと、アイカツ先生はただ寒杉校長と対峙するだけです。寒杉校長の情熱を引き出さねばならないから、そうするのです。アイカツ先生がそうしなければならないからそうするのならば、ただ行為をもって示すしかないのならば、女優たる紅林珠璃は、ただその「アイカツ先生」というアイデンティティをも演じきるほかないのです。
(12月19日追記:このことを端的に示唆している(とこじつけられる)のは、エンシエロを再燃させたのが、料理や闘牛のお芝居や花を贈ることではなく、言葉をぶつけることであった点です。アイカツ先生は寒杉校長に料理や闘牛や花なんか贈らず、ただ言葉をぶつけますから。そしてもちろん、実生活で、言葉をぶつけるだけでも人は励ませるんだと学んだ珠璃は、言葉・セリフの力を信じて演じられることでしょう。これが、堅実な意味で、珠璃が自分の演技に納得できたことの理由付けになります。)

 しかし、だからこそ珠璃が110話で踊ってみせた「熱いフラメンコ」は、珠璃の個性である「フラメンコ」と、「アイカツ先生」からいわば前借り[3-11]した“熱”の合作です。エンシエロの前に立っていたのは、半ば珠璃であり、半ばアイカツ先生であったと言う方が、私の解釈に近い表現でしょうか。
 これが功を奏し、エンシエロのうちに残っていた情熱を再び燃え上がらせることができました。結果、エンシエロは再起し、珠璃の悩みも解消されました。
 
 というわけで、110話もまた、珠璃の「三つのアイデンティティの統合」という側面から読むことができる、ということを確認しました。

(2017年11月18日追記:ところで、珠璃はエンシエロのうちにいかなる“熱”を感じ取ったのでしょうか。プレミアムドレスを作るような気分になれず、スミレが「寒い」と評したエンシエロのうちに十分な“熱”がないのは明らかです。ではその燃えさしのようなもの、くすぶる想いをどこから読み取ったのか。
 珠璃はあかりたちに「彼の魂はまだ冷え切ってない。そう感じるの」、「それに彼はまだ、アンダルシアの風が吹くこの街に住んでる」と語りました。また、バラの花束を渡されたエンシエロは「でも、ごめん……僕のロッサは……」と呟いている。
 この辺から考えると、珠璃が感じ取った“熱”の正体は、私には、エンシエロを「この街」に引き止めていた未練、あるいは期待のようなものだったのではないかと思われます。本当に燃え尽きてしまったのなら、「この街」にいる必要はないわけです。エンシエロは、自分では燃え尽きたと言いながら、心のどこかで、「この街」の熱い風が再び自分を燃え上がらせてくれることを期待していたのではないでしょうか。そこに訪れたのが、「アイカツのアツい風」紅林珠璃だったのですから、これはもう運命的でしょう。そして珠璃は彼のロッサ=ミューズとなったわけです。この辺のミューズ論は下記注3-5の鶴論稿に詳しいので、重ねて読んでみてください)

[3-1]:今更ですが、女優になるためにアイドル学校に入学、というのはすごい設定ですね。『アイカツ!』において「アイドル」という職業は、ほとんど「芸能」という分野を包括する勢いです。
[3-2]:この幼少期の珠璃の葛藤は回想の形で語られました。甘粕氏が言うところの「事後報告」の構造です。(リンクは後掲)
[3-3]:これも甘粕氏の言葉です。
[3-4]:We sell HELL and suffer well「アイカツ!シーズン2を追想する & 劇場版アイカツ!を妄想する
[3-5]:この珠璃とエンシエロの間の相互作用については、既に優れた論稿があるので、そちらもご参照ください。(→「君は光るダイヤモンド:【アイカツ!110話】童話シンデレラから考えるSangriaRosaミューズ概念【悠久のシンデレラ】」)
[3-6]:冷静に考えて女子中学生が4人がかりでここまでのことしてるのに奮起しないこの胸毛モジャモジャオジサンはらいちや太田くん並みに叩かれてしかるべきではないでしょうか。
[3-7]:だって、落ち込んでるときなんて、飯食うのも風呂入るのも面倒じゃないですか。そんなときに、どうしてフラメンコなんて踊れますか?
[3-8]:珠璃の三段ステップのことを、私はTwitterではずっと「3カメ話法」と呼んでいたので、以後ブログでもそう記述することもあるかもしれません。
[3-9]:サッカーでシュートを決めるシーンは3カットの強調なので、ここは要議論ですね。
[3-10]:また、画面の中の「アイカツ先生」は、キメポーズこそ見せるものの、三段ステップではないことも頭の片隅に留めておきましょうか。本論稿では使い道は思いついてませんが、何か使えるかもしれません。
[3-11]:前借りだと考えなければ、論理的に、珠璃にはもうSangria Rosaのプレミアムレアドレスが必要がないということになってしまいます。

4.紅林珠璃の役割


 3節は少々冗長になってしまいました。そろそろ本題に入りましょう。
 109話と110話で、登場早々、ストーリーの「事後報告」と成長を済ませ、ドレスも手に入れた紅林珠璃は、その後あまり大きな成長が描かれることは無いように思われます。
 なのに、紅林珠璃というキャラクターがあかりGenerationに配置されているのは何故なのか。本節はそこを「再演」という観点から読み解くために、114話と115話を取り上げます。


4-1.114話と115話――紅林珠璃=中山ユナ説

 114話「ハッピーツリークリスマス☆」はクリスマス回にして、12話以来のツリー伐採回でもあります。
 ここで伐採に出向いたのはあかり、スミレ、ひなきの三人だけで、珠璃は仕事のために別行動でした。思い出してほしいのは、12話では有栖川おとめもちゃんと伐採に出向いて、その後のクリスマスステージにも立ったことです。珠璃……

 しかし、この114話で12話の「再演」をするために、紅林珠璃は誰よりも大きな役割を果たしています。
 みなさんご承知の通り、このとき、あかりにツリー伐採という目的を与えたのは、珠璃でした。珠璃がスターライトのクリスマスパーティに憧れていたこと、さらに、12話での星宮いちごの奮闘をちゃんと見ていた上に「素敵だなあって感動した」ことも語られます。ここで、珠璃が案外あかりに似たところがあると示されています。

珠璃「やっぱりスターライトのクリスマスパーティは、あのツリーあってこそ!」
あかり「うん!」
珠璃「悔しい、本当に悔しいよ!番宣がなければ、私も一緒に木を切りに行くのに!」
あかり「うん……ん?」
 (中略)
珠璃「おっきなツリー、楽しみにしてるよ!チャオ!」

 この珠璃の「無茶振り」があればこそ、あかりはツリー伐採を決意できたのでした。つまり、珠璃が114話に登場しなければあかりはツリーを伐採するきっかけがありませんでした。
 なぜなら、12話においていちごがツリーを切ろうとしたのは、寂しがっている友達・中山ユナのためでしたが、あかりたちの世代のクリスマスパーティには、そういう意味で悩みを抱えている生徒はいないからです。
 ここでは一応、珠璃が無茶振りをすることで、ツリーを切りに行くための動機づけになっています。そして、「ツリーが大きすぎてロケバスでは運べない!」という井津藻見輝の役立たずっぷりは12話のままで、そこに救いの手を差し伸べる植木屋さんの役どころは、珠璃のママによって担われます。
 ここで114話について覚えておいて欲しいことは、ツリー伐採の動機づけという観点から言えば「中山ユナ=紅林珠璃」であることです。
 ですが、珠璃の動機づけがあってツリーを切っても、そこには「理由」(励まされるべき悩み)[4-1]がないので、これだけでは、実は「再演」も空虚になってしまいますが、それを解決するのが115話です。
 登場時間は雲泥の差ですが、「再演」という観点から見ると、114話と115話はともに紅林珠璃回として読解することができます。

 115話「ほっこり☆和正月」で初手濃厚なあか珠璃を叩き込まれた我々は、この先もあか珠璃が続くのかと期待をしていました。しかし、まあ結果としてそういうことはありませんでした。あかりはskips♪ではまどかと、Luminasではひなき、スミレとユニットを組みました。一方の珠璃は、情熱★ハラペーニョでひなきと、バニラチリペッパーでは凛、まどかとユニットを組みました。あかりと珠璃のユニットは成立しませんでした。
 ならばなぜ、他のキャラクターを差し置いて、115話であかりの実家に招かれたのが紅林珠璃だったのでしょうか。

 それは、115話が114話に引き続き、12話の「再演」のための回だからです。

 中山ユナは、いつもは両親と海外で過ごしていたクリスマスを一人で過ごすことを寂しがっていましたが、115話の珠璃は、いつもは両親と海外で過ごしたお正月を一人で過ごすことになってしまった。珠璃はユナほど露骨に寂しがってはいませんが、構図としては「お正月の珠璃=クリスマスのユナ」です。

  さらに、114話のツリー伐採には、「動機」はあっても「理由」はなかった。珠璃はユナのように悩んではいません。ですが、お正月の珠璃には励まされるべき悩みがあり、あかりはそれを実家に招くという形で解決しようとしているのです。

 そして実家に招かれた珠璃は、あかりとあかりママ・あかりパパのやり取りを見て、あかりへの理解を深めたり、また珠璃からのあかり評が視聴者に提示されるなど、いろいろ大事なシーンがあるのですが、ここで着目すべきは一番最後、ステージを終えた珠璃が楽屋から廊下で会話する大空家を見ての独白です。

 「ふふっ、どこにいてもやっぱり仲良し家族だなあ。そういえば、うちのパパとママも、いつも私のステージのあと、あそこが、ここがって、熱く感想を伝えてくれるっけ。
 パパ、ママ……いつもありがとう」[4-2]
 そして珠璃が振り返った楽屋のテーブル上には、両親から届いたと思しき、花束と年賀状、ミニ門松、写真、テディベア。
 これもまた、12話ラストで両親と再開した中山ユナと相似形です。さすがに、珠璃のもとに両親が駆けつけることはありませんが。

 ユナを励ますためにツリーを切ったいちご。
 その「再演」のためには、ツリー伐採だけではまだ半分でした。115話であかりが珠璃を励ますために実家に招くことで、ようやく外形的なツリー伐採と、「友達を励ますため」という内面的な「理由」の両方が充足され、「再演」が完成するのです。


4-2.では他のキャラクターの家族は?

 114話と115話がセットで12話の「再演」になっている、と読むので、115話の中心人物が紅林珠璃であることに無理はありません(114話の中心人物は紅林珠璃ですからね。間違いない)が、一応、他のキャラについても考えてみましょう。

 スミレはそもそも、家族についての描写が非常に弱いキャラクターです。
 ひなきは芸歴が長く、親子仲は良好そうですが、イベントに家族が揃わないという経験は少なくなさそうです。[4-3]

 ですが、珠璃は家族の描写が濃いキャラクターです。話を先取りするなら、実際に、この四人どころか、あかりGenerationの誰よりも家族の登場が多かったですね。まどかのおばあちゃんである天羽あすかの出番は確かに多いですが、話への介入の具合は、珠璃ママ・珠璃パパとは異なります。

 それに、「再演」という観点ではなく、紅林珠璃の「三つのアイデンティティの統合」という観点から読解するならば、115話は「紅林可憐の娘」というアイデンティティの話として読むことができます。
 109話、110話では、可憐と珠璃は、意識的に親子という上下関係を後景に退け、「同じ女優」としての水平的な関係を強調しようとしてきました。しかし115話で、大空家の両親にあかりの頑張り屋の秘密を見た珠璃は、あかりを形作った両親と同様に、珠璃自身を形作った両親という上下の関係も好意的に受け入れることができました。
 「紅林可憐の娘」である自分もちゃんと受け入れた。この点で115話は紅林珠璃の「三つのアイデンティティの統合」によって成長する回です。この回の成長は、『アイカツ!』における成長描写の基本である、「ステージでの成功」や「プレミアムレアドレスの獲得」と結び付けられるようなドラマティックな描かれ方ではありませんが、やはり紅林珠璃の内面を読み解く上では大切な回です。

 逆に、スミレとひなきにはこうした課題(彼女たち自身の内での家族関係の緊張)がそもそも存在しませんから、こうした話にはなりません。


4-3.「再演」のための人員

 個人的な成長が描かれた109話、110話に比べれば活躍っぷりがトーンダウンした紅林珠璃[4-4]は、しかし114話と115話において、あかりがいちごの「再演」を遂行するための欠かせない役割を果たしていました。
 そして、ここでの紅林珠璃は中山ユナなので、いちユナがカップリングとして成立しないように、あか珠璃もこれだけではカップリングとして成立しないのかもしれません。
 紅林珠璃は、こういった、劇中の登場人物でありながら、若干メタ的な役割を担うキャラクターとして配置されているのではないでしょうか?

[4-1]:ここでは「動機」と「理由」をここだけで通用する仕方で使い分けています。「動機」を外形的なものとして扱い、「理由」を「励まさねばならない悩み」として用いることを、ご承知おきください。
[4-2]:ここの紅林珠璃の笑い方とても色っぽくて良いですね。
[4-3]:そう考えると、13年間そんな寂しさを味わっていたひなきと、仕事復帰して久々にそんな感覚を味わった珠璃のひな珠璃はイケそうですね。誰か書いてください。
[4-4]:109話初登場の紅林珠璃が、112話直後の時系列である『劇場版アイカツ!』に一人だけ出演できず、スクリーンデビューを『ミュージックアワード』まで待たねばならなかった。そういうこと、忘れちゃダメだよ……

5.まとめと今後の課題


 すっかり長くなってしまいました。いい加減まとめに入りましょう。

 本稿で述べたかったのは、紅林珠璃の活躍の場は劇中や劇中劇でありながら、同時に半メタ的な役割をも担っている、ということを語るための諸々の前提です。

 その「半メタ的な役割」の代表的なものは「再演」ですが、おそらくあかりGeneration全体を見渡せば、役割はそれだけには留まらないと私は考えています。
 ですが、この「試論」で扱えたのは、あかりGeneration全77話のうち、たったの4話に過ぎません。115話以前は片付いたと考えても、63話も残っています。今後の「紅林珠璃史観」確立のための論稿では、まず単純に残りの話をどんどん分析していく必要があります。「半メタ的な役割」というものについて述べるのもその作業の中でやっていくということで、今後の課題とします。

 「紅林珠璃史観」は、単にあかりGenerationの中の紅林珠璃に着目することを最終目的とするものではありません。紅林珠璃が果たした役割に注目しながら、あかりGenerationという物語自体の枠組みや体系、主題、あるいは細部の調和を再確認することも必要です。
 紅林珠璃という「要素」の分析を通して、同時にあかりGenerationという「構造」を分析するための枠組み。それが「紅林珠璃史観」[5-1]の目指す姿です。

 一方で、この「要素」への下降と、「構造」への上昇という分析は、分析自体のトートロジーに陥る危険性も孕んでいるでしょう。
 本稿で取り上げた話でも、114話・115話の分析は、あかジェネが1期2期の「再演」であるという構造を前提視しながら、紅林珠璃=中山ユナ役割という要素に下降していますし、逆にそうした要素から構造に上昇することで、あかジェネを「再演」として結論づけています[5-2]
 この同義反復が、「紅林珠璃史観」の精緻さを担保する上でどの程度致命的なものなのか、あるいはそうでもないのか、私にはよく分かっていません。皆様のご指導ご鞭撻をお待ちしております。

 本論稿は、サークル「スペクトラム・シャンディ」発行の同人誌『『アイカツ!』には何が描かれているのか?』の記述に多くを依っています。特に4節で行った114話・115話についての分析は、p49の末吉氏による分析がなければありえませんでした。そもそも、これほど真剣に『アイカツ!』を読解しようとするモチベーション自体、本誌がなければ存在し得なかったでしょう。
 また、110話についての読解は、鶴氏がTwitterで呟いていた紅林珠璃論稿の構想から着想を得ました。
 みなさまに一方的にお礼を言わせていただきます。ありがとうございました。

 思えば、初めての本格的な『アイカツ!』読解記事ということで、私の『アイカツ!』読解の前提も記述したために、随分と長くなってしまいました。少し肩に力を入れすぎたかもしれませんね。
 次回以降はもう少しちゃんと、まとまりのある記事にしていきたいと思います。

 ともあれ、私は私なりの『アイカツ!』解釈をし*、こうして投稿することで「解釈のアリーナ」[5-3]に投げ込みたいと思います。今はただ、この論稿が「解釈のアリーナ」で、少しでも多くの闘士たちに読まれることを願うばかりです。
 せっかく書いたからには読まれてほしい!
 しかしまあ、紫吹蘭的に言えば、ランウェイが自分のための滑走路でないように、「解釈のアリーナ」もまた自分のためではなく、みんなで『アイカツ!』をより深く楽しむための場だと言えそうですから、我だけを通しても仕方ないのですが。でも読まれたいよなあ!よろしくな!


 
[5-1]:単に紅林珠璃の歩みを確認するだけでは、それは「紅林珠璃史」になってしまうのではないでしょうか。
[5-2]:本論稿で私が述べているのは、「あかりGenerationは1期2期の再演であり、その役割を果たしているのが紅林珠璃である」ということと、「紅林珠璃のかくかくの行為は、『再演』のためのものである」ということです。しかし、本稿で取り扱うべき「紅林珠璃のかくかくの行為」というものの選定自体が、「再演」という構造があるという前提(あるいは偏見)によってなされている以上、選定された行為が「再演」的な役割を持っているというのは、ある意味で当然のことで、トートロジー的詭弁にすぎないのかもしれません。
[5-3]:『アイカツ!』を読解し、それを提示する営みを指す、視線と沈黙氏の言葉。


まとめ

・紅林珠璃とは、徹頭徹尾「演技する人」である。
・そのために紅林珠璃は、複数のアイデンティティを持つ。
・「演技する人」である紅林珠璃は、あかりGeneration全体を、1期2期の再演として微調整する役割を果たせる。
・それだけでなく、紅林珠璃はあかりGenerationにおいて「半メタ的な役割」を多く果たすキャラクターであることを示すのが、今後の課題である。
(・「三つのアイデンティティの統合」という言葉は、「統合」よりも「調和」くらいの方が適しているかも?)



その他参考文献

・wikipedia「アイカツ!(アニメ)」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%82%AB%E3%83%84!_(%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%A1)
・ピクシブ百科事典「アイカツ8」
https://dic.pixiv.net/a/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%82%AB%E3%83%848
・内田義彦『読書と社会科学』
・イマワノキワ「アイカツ!:第150話『星の絆』感想
・イマワノキワ「アイカツ!:第151話『ステージの光』感想
・短文以上長文未満の妄言「アイカツ!3期の考察のようなもの 大空あかりを追いかけて
・oshogatsuの日記「星宮さんと大空さんのこと
・すのふら「あかりジェネレーションはどんな物語だったのか
末吉氏
しゅら氏
視線と沈黙氏(Twitterアカウントが休眠期or鍵なことがあります)
鶴氏
ホンマチ、氏

及び、「アイカツ!紅林珠璃論稿のための覚え書き~紅林珠璃 考察まとめ~」に挙げているリンク先すべて。