2021年5月30日日曜日

【感想】浅見ゆい、2016『1日限りの貴方のメイド』Butterfly Dream

1 概 説
 『1日限りの貴方のメイド』は、ネットを介してフリーの声優として活動している浅見ゆいが、個人サークルとして制作した第一作
 シチュエーションボイス・ボイスドラマ系統の作品
 「とある懸賞で、特賞である「メイド1日派遣コース」に当選した貴方。/琴音と名乗るメイドに、1日お世話をしてもらうことになりました。/貴方が1日をリラックスして過ごせるよう、琴音は誠心誠意、お仕えしてくれます。」というストーリー。(作品販売ページより引用)
 以下、私が特に好みだった点を、作家性、音へのこだわり、声の性質の観点から述べる。なるべくネタバレなし。
 作品販売ページへのリンクは記事末尾


2 作家性
 本項では、作品から感じられるサークル「Butterfly Dream」及び浅見ゆいの作家性について、私が特に好ましく思った、ストーリー、キャラクター及び主人公の性格の3つの点を述べる。

(1) ストーリー
 懸賞で1日メイド派遣に当選!ひと昔前のアニメかギャルゲみたいな導入ながら、こういうシンプルで強引なのがイチバン良い。なぜならメイドさんに突然押しかけられるというのは全人類の夢だから。『Glare 1 more』もそうだっただろ。
 筋としては、なんでもない休日を過ごす、そこにメイドさんがいる、というもので、大きなトラブルも気を揉むような事も起きない落ち着いた一日
 押しかけメイドさんと過ごすという非日常を、過剰に飾り付けることなく演じることで、寝る前や休日に適した落ち着いて聴ける作品になっている。

(2) キャラクター
 浅見ゆい演じるメイド・琴音の性格及び言葉遣いが非常に練り上げられていて、あらゆる面でストレスがない。
 まず聴き手に対する呼称が良い。“ご主人さま”でなく“旦那さま”と呼ぶ古風さ。
 言葉遣いは丁寧ながら過剰な敬語でもない。本当にちょうどよく背中がムズムズするような、自分でも知ってはいるけれど口に出したことのないことばがスラスラ話される。
 多分これは脚本のみならず添削の業前でもあると思うが、ことば選びも滑舌も滑らかで堅苦しくなく聴いていて気持ちがいい。

(3) 主人公の性格
 作中の主人公(聴き手)は一般人のようで、使用人が家にいるという状況に慣れていない。だから琴音に対してもとても丁寧に接しているらしい。相手を知り互いに信頼し合うためには会話が大切だと言い、何も頼む用事が無ければ一緒に本を読むように頼む。
 ここでは主人公は、単にメイドさんに奉仕してもらうのみならず、琴音の人となりを知ることや同じ時間を共有することを企図している。
 そんな優しさが最終的に琴音の心を動かす優しく美しい物語で、めっちゃ和んだ。

(4) 小 括
 総じて、丁寧なことば選びをベースに、人の優しさと美しさに彩られたストーリーで、安心して聴ける作品
 単にシチュエーションや行為自体によって癒やすのではなく、人と人の交流として描くことで満足感を高めている。
 これはButterfly Dreamの作家性なんだろうと思う。


3 音へのこだわり
 美しすぎる声に気を取られがちだが、本作は効果音へのこだわりも著しい。身体の動きに伴う音、周囲の環境の音等により状況を想起させるための工夫が凝らされている。
 本項では、効果音と声の扱いによる状況描写を焦点に語る。

(1) 効果音(生活音)
 本作の第一声ならぬ第一音は、日常に不意に割り込んでくるインターホンの音、そしてドアまで歩いていく主人公の足音はスリッパのペタペタ音から、外履きに履き替える音までが丁寧に描写される。
 全編がこの調子で、衣擦れ、足音、本をめくる音、スマートフォンのタップ音等どれをとっても自然で心地よく、声優でありながら「良い音」への尋常ならざるこだわりを持つ浅見ゆいの職人芸が炸裂している。
 流石、YouTube投稿動画の第一作が『【ASMR】本のページをめくるだけ(声無し)』なだけある。

(2) 効果音(食事)
 一日中メイドさんがいるということはその間当然食事を摂る。メイドさんがいるんだからそれは手料理で、献立はオムライスと相場は決まっている。決まってんだよ。
 一方、浅見ゆいは「咀嚼音は嫌いなんですよね」、「クチャクチャする音がダメ」と明言しているので、ここがどう表現されるかはファンの関心事項だった。だったよな?そうだろみんな。
 本作では、オムライスとクッキーが供される。
 オムライスは咀嚼音を挿入することなく、スプーンと皿の触れる音及び琴音のセリフによって“せっかくのごちそうに喜び勇んで食らいつく様子”が表現される。
 クッキーは噛み砕く際の小気味良いボリボリ・サクサクまでの音が添えられ、食感を擬似的に楽しむことができる。
 食べ物の実物が目の前になくとも音でその輪郭を感じられるよう、聴き手の需要と作り手のこだわりを踏まえてよく吟味して選んだ音だろう。すごい……(語彙力)
 加えて「ああ、本当に自分の好きな音で好きな作品を作っているんだな」と思えるので、ファンとしてもとても嬉しい。

(3) 声の距離感
 琴音はフットワーク軽くまめまめしく働く人で、しかも人に対して物怖じしない。そのあたりが声の距離で表現されている。
 冒頭から、主人公のスマートフォンを覗き込んですぐ隣に立って聴き手を驚かせたり、何か仕事がありそうだと思ったら歩み寄ってきたり、足音と近付く声からそのかわいらしい仕草が目に浮かぶようで、音の表現力を最大限活用しようとしている作者の業を感じられる。

(4) 小 括
 私は作品を購入した当初は、浅見ゆいの声ばかり聴いていたけれど、その後作者問わず多くの音声作品を聴いて経験値を溜めたことで、この作品の音の奥行きに気付けるようになった。
 全編を通して、音による状況の描写に工夫が凝らされていて、聴く度に楽しめる仕上がり。


4 声の性質
 浅見ゆいの声が良い、というのは言うまでもないけれど、そのどこに“良さ”を見出すかは聴き手各人の好みに依るところなので、私の好んでいる点を上げ、それが作品に与えている影響を述べる。

(1) 爽やかな声
 私はなんと言っても、浅見ゆいの中音域の透き通るような肉体を感じさせない人間離れした声が好きだ。よく、スッキリしている様を形容して“水のよう”などと言うが、浅見ゆいの優しい声色でありながら湿っぽいところのない声は、それを超えて“風のよう”だと私は言いたい。
 琴音は結構距離感近く喋りかけて来る人ながら、こうした声の質ゆえにいやらしさがなく、健全で無邪気な印象になっている

(2) 感情の乗った演技
 もう1つ私がたまらなく好きなのは、浅見ゆいは声に人物の感情を乗せることがハチャメチャに上手い点
 本作で言うと、終始明るく楽しげで、主人公の提案を拒むときも頑なすぎず、かつ慌てている様がよく表現されている。声から表情や身振り手振りまで見えてくるよう。
 一番の白眉はなんと言っても、ラストで琴音が気持ちを吐露し主人公に“ある提案”をする場面だ。ここでは実に複雑な感情が、声の使い方によって表現されている。
 心情を吐露することへの躊躇い、自分自身の気持ちと職業意識の狭間での困惑、望ましくない展開を想像しているときの悲しみ、そしてそれらを踏まえた提案を伝える際の意志の強さと、その返答を待つ間の不安……
 比較的長めの一連のセリフによって、健気な言葉と流動する感情を楽しめる場面で、ここの演技力は本当に稀有な水準だと思う。
 私など神経が細いので、セリフを聴きながら我が事のようにメチャメチャハラハラしてしまった。


5 総 括
 総じて、浅見ゆいという人の強みが多く現れた作品
 優しい声と物語を求める聴き手の需要をよく理解しつつ、ご本人の好みの音に強くこだわり、抜群の演技力をもって演ずる。いろいろな魅力が総合的に最大限発揮されていて、個人サークル1作目とは信じ難い高水準の完成度となっている。
 こんな素晴らしい、爽やかで優しく、心配りの行き届いた作品がたったの660円で聴くことができるのは、とてもありがたい。逆にむしろ詐欺だろ。(?)

 というわけで、正統派で古風なメイドさんにお世話されてェ〜と思ってるヤツは買え!買って聴いてレビューを書け!癒やされろ!浅見ゆいさんを推せ!

1日限りの貴方のメイド Butterfly Dream https://www.dlsite.com/home-touch/work/=/product_id/RJ182623.html

 やっぱ全人類聴け。言い訳は聞きたくない。
 私からは以上、質問・確認事項は私のツイッターかコメント欄まで。