2015年11月4日水曜日

寄稿文『旧世紀エヴァンゲリオン FAKE GENESIS EVANGELION 鋼鉄の宴』第三章後半




 空襲は終わった。国連軍(LLN)の攻撃隊は旧式機が多かった上に、連携がとれていなかった。その為ほとんどの機体が艦隊にたどり着く前に日本側の迎撃機に撃墜された。しかし、全ての機体が叩き落とされた訳ではなかった。
 攻撃隊の連携がとれていない以上必然的に発生せざるを得ないタイムラグにより、日本側の迎撃に僅かな穴が開いた。それは蝿一匹程度が通れるほどの大きさしかなかったが、その穴を突き破って一機のJu87が空母「蒼龍」に向かってえさを見つけたカツオドリのような見事な急降下を行い、爆弾を命中させていった。
 空母は脆い軍艦だ。それは仕方ない事だと思う。空母の最大の目的は艦載機を胎児のように保管し、艦載機達が巣立ちを控えた雛鳥がおずおずと飛び立つように飛行甲板から離陸するのを全力で援護し、長い戦いで疲れ果てた艦載機を暖かく迎え入れる事にあるからだ。空母は母であり、巣であり、子宮でもある。だから空母が脆いのは仕方が無い。だがその空母に爆弾を落とされるような乗組員は――糞だ。
 
 綾波型駆逐艦二番艦「敷波」の艦長、深井零は被弾した蒼龍の乗員に対して腹を立てていた。
 彼が操る駆逐艦「敷波」は、昭和三年から七年にかけて十隻が建造された特二型駆逐艦、別名、綾波型駆逐艦の二番艦である。綾波型は、幾多の海戦に参加しながら一隻たりとも敵によって沈められていないという、幸運な経歴をもつ艦達である。
 ただ唯一、壱岐島黒崎沖を航行中、錯乱状態に陥った帝国陸軍の沿岸砲兵隊により攻撃されたネームシップの「綾波」を除いては。
 本来戦艦の主砲として造られた41センチ砲の直撃を受け、綾波はひとたまりも無く轟沈した。そして皮肉なことに、その砲が本来搭載される予定であった軍艦「赤城」は、建造途中で設計を戦艦から空母へと変更され、今回の作戦では「敷波」を初めとした「綾波」の九隻の同型艦と共に戦列についている。
 それは恐らく偶然と必然からなる乱数が偶々生み出した奇妙な模様に模様に過ぎないのであろうが、深井零はそういった現象に何らかの「意味」を見いだしたかった。それは、ほとんどの知人から冷血漢と見なされている零の、数少ない人間らしい部分だった。
 「蒼龍」はどうやら舵をやられたらしく、海面に大きな円状の航跡を描き続けている。おかげで敷波を含めた無傷の僚艦も手負いの仲間を見捨てるわけにはいかず、陣形を崩し、速度を微速に下げて蒼龍の周辺を警戒していた。敵からの襲撃に対して非常に無防備な状況にあることは誰の目にも明らかだった。
 案の定、前方の巡洋艦「大淀」に向かっている六本の航跡に零は気づいた。魚雷だ。潜水艦から発射されたものだろう。零が発見した時点で雷跡と「大淀」との距離は約1200メートル、方角は「敷波」から見て十二時、「大淀」から見て十時の方向である。「大淀」は機関を微速にしたまま、魚雷に気がついた様子が無い。
 「大淀」がこれからどのような行動を取ったとしても、魚雷は確実に「大淀」の左舷に命中するだろう。ならば「敷波」の取るべき行動は、「大淀」に向かって魚雷を放った潜水艦を仕留める事だ。
 まもなく被雷するであろう「大淀」に対して哀れみは感じない。大淀の艦長は見ているだけで感情的な嫌悪感を覚える人物だったが、副長は珍しく零と比較的話が合う人物で、友人ともいえる間柄ではあった。しかし、船乗りは自分の命は自分で守るものだ。完璧に艦を操れない者は殺される。当然だと思う。戦いに感情はいらない。戦艦に感情はない。乗組員はその戦艦の一部だ。戦艦になりきれない乗組員は戦士とはいえない。そんな人間を乗せては、いかに高性能な戦艦でも敵には勝てない。それではその戦艦が――
「総員、対潜戦闘用意」
 零が部下にそう命じたか命じないかのうちに、「敷波」は急加速を開始した。通常、微速状態の機関を全力運転に持って行くまでにはある程度の時間がかかる。この反応速度は明らかに異常だった。
 零は即座に機関室へと通じる伝声管へ駆けより言った。
「いったいどうなってる。なぜ命令前に加速を開始した。」
「何もしていません。機関が―――、機関が勝手に動いているんです。」
「そんなことはあり得ない。」
 普段感情を表にださない零が、珍しく声色をかえた。
「しかし現に・・・」
「艦長、舵が!舵が聴きません!」
 伝声管から伝わってくる声よりも更に切迫した異常を示す声が零の耳に入った。操舵長の声だ。
「何だと」
 伝声管から顔を上げた零は愕然とした。異常な急加速を続ける「敷波」の進行方向は一時の方向、「大淀」と雷跡の間に割って入ろうとしていた。
 いつも俺の命令通りに動いてきたこの艦に、いったい何が起こっているというのだ。故障ならば理解できる。この艦の艦長になってからは、この艦自身が意思を持つような動きをすることも、何度かあった。だが、俺の命令を無視するような行動を取るなど・・・そんなことがあるわけがない。機械は決して人間を、おれを裏切ったりしない・・・はずだ。

 しかし敷波は零の願いを無視し、彼女自身の意志で動き続けた。


<碇くん・・・> 


参考文献(副読本)

『戦闘妖精・雪風』      神林長平  ()   ハヤカワ文庫JA


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