2019年4月6日土曜日

寄稿文『旧世紀エヴァンゲリオン FAKE GENESIS EVANGELION 鋼鉄の宴』第十章後半


第十章後半


 見事日向を討ち取ったケンタッキーだったが、ケンタッキーの命運もそこまでだった。日向が艦橋に16インチ砲弾を受けてからわずか2分後、ケンタッキーは左舷機関庫付近に大和の46センチ砲弾が命中した。これにより、魚雷による浸水を辛うじて食い止めていた左舷防水区画が崩壊、船体は急激に傾斜していった。ケンタッキーの船体はやがて完全にひっくり返り、艦橋の最上部から海面に叩き付けられていったが、完全に水没する直前、大爆発を起こし、その生涯を終えた。それを見届けた大和は、加持リョウジ率いる水雷戦隊との合流を目指し、その航跡を辿るように進路を変えたのだが・・・・・・


 水雷戦隊との合流を図ろうとした大和が目にしたのは、あまりにも多くの軍艦の、変わり果てた姿だった。船体が裂け、艦首のみが辛うじて浮かんでいる駆逐艦。おそらくは巡洋艦から振り落とされたのであろう、船底を上にして浮かんでいる内火艇。そういった残骸が生み出した広い帯状の海域が、大和の進路に広がっていた。
 夜間であるため、これらの残骸が元々敵艦だったか、友軍の艦だったのかの判別は困難だ。しかしながら、その数があまりにも多すぎるのである。敵艦隊が全滅したとしても、それだけではこれだけの残骸は出ないであろう。
 それに加えて、声が聞こえてくるというのである。海の中から、英語ではない外国語の叫びに混じって、「おーい、おーい」と呼びかける声が、また、聴き慣れた日本の軍歌を歌う声が、あちらこちらから聞こえてくるという甲板からの報告が、既に司令塔にも届いていた。
 通常の海戦において、双方の勢力が全滅するということはあまりない。大きな損傷を受けた艦は、航行が可能であれば戦場からの離脱を図るし、劣勢になった側は戦力温存のために退却を命じることが多いためだ。勿論、圧倒的な戦力差や奇襲効果があれば事情は異なるが、その場合、当然ながら優勢なほうの陣営はほとんど被害を受けない。今回のよう互いに魚雷を撃ち尽くした水雷戦隊同士での追撃戦、戦力もほぼ互角と言った状態では、どちらか片方が壊滅的な打撃を受けると言うこと自体、まず考えられないことであった。 しかし、現に味方がこれだけ沈んでおり、救助に当たっている無傷の友軍艦がいないとなると、いかに不自然であろうが、水雷戦隊は「大和」との合流地点に辿り着く前に、敵艦隊に致命的な打撃を与えた上で、全滅した。と、考えるより他にない。
 大和がその中を航行していた、帯状の軍艦の墓場、それがようやく途切れた頃にはそういった空気が艦内に漂い始めたときであった。
「二時、及び十時の方向に多数のスクリュー音。距離一〇〇〇」
 それは大和にとって危機的な状況であった。潜水艦は既に、大和を雷撃するにはうってつけの地点に陣取っていた為だ。もし大和が二時方向からの雷撃を躱すため右方向に転舵すれば、左舷に十時方向からの魚雷を受けることになる。逆に十時方向の魚雷を躱すために左方向に転蛇すれば、今度は右舷に二時方向からの魚雷を受けることになる。かといってこのまま直進しても両弦に魚雷を受けて一巻の終わりである。そんな中、ゲンドウは、
「勝ったな・・・・・・。魚雷発射と同時に機関減速、魚雷をやり過ごす」
 と、命じた。
 魚雷は大和が進行方向も進行速度も変えないという前提の元に発射される筈だ。転舵してベクトルを変えずとも、速力そのものを変えてしまうと言うのは有効な手段であった。とはいえ、「勝ったな」という言葉似合うほど、状況は楽観的ではなかった。鈍足の潜水艦に対して、水上艦が優位に立てる速度を失うというのは、危険な賭だ。また、減速は敵艦が魚雷を発射した後に行なわなければ効果がないが、果たして探知できるか。
 待つこと暫し
「左舷よりスクリュー音、魚雷と思われます。」
 との報告が来るや、大和は機関を微速に変更した。、そして、魚雷の命中予測時刻、艦首左舷に水柱が一本上がった。二本目は・・・、上がらない。
 ひとまずは助かった。だが今度は
「左舷、及び右舷の艦首水中聴音機破損。敵船、探知不能」
 との報告が上がってきた。
 大和艦首の船首バルブに搭載された零式水中聴音機は、水中からの脅威に対して脆弱な大和にとっての貴重な耳である。これが破損したということは、大和が潜水艦の一を探知できなくなったことを意味する。それこそ敵艦がのこのこと浮上してこない限り、大和には打つ手がなかった。そこに第二艦橋より
「四時方向に敵潜が三隻浮上」
 との報告が来て、司令塔に居た人間は一斉に右舷へと駆け寄った。例外は、不気味な微笑みを浮かべている碇ゲンドウただ一人である。他の人間達は、あまりに不可思議な敵の行動に既に冷静さを失っていた。なんのために、水中という圧倒的に有利な戦場をのこのこと捨ててきたのか、さっぱり解らない。大体、今回の海戦には訳のわからないことが多すぎる。正規空母を戦艦同士の囮に使うという作戦、敵艦に対する航空機による体当たり攻撃、酒匂の突然の裏切り、いや、おかしかったのは本当にこの海戦だけなのだろうか。もっと以前から、既にどこかが狂っていたのでは・・ないか。
「あれは、イギリスのM級じゃあないのか?」
 ある程度理性を取り戻した一人がそう口にした。M級潜水艦とは、イギリスが建造した3隻の大型潜水艦である。建造時には魚雷の命中が期待できない遠距離からも大型水上艦を撃破できるよう、弩級戦艦の主砲と同口径の三十センチ単装砲を主砲として艦首に搭載していた。その設計コンセプトが示すように魚雷がまだ未発達であった欧州大戦直後に造られた老朽艦であるが、最近主砲の換装を含む大改造を受けたとの未確認情報もある。
 もし、あの三隻がM級であるとすると、今回の行動にある程度の説明はつく。現在の大和と潜水艦との間は僅か一〇〇〇メートル程度、距離であれば、旧式の三十センチ砲といえども「大和」の脅威になり得るからだ。しかし、なぜ水中から魚雷を発射せず、反撃のリスクが高い砲撃という手段を選んだのか。そう言えば、先程の雷撃の際も・・・・・・
 浮上に伴う船体の動揺が収まるやいなや、三隻の潜水艦は砲撃を開始した。砲撃音の直後、各艦の司令塔の正面付近からから小さなオレンジ色の光が相次いで瞬く。と、言っても音より光の方が早く伝わるわけはない。砲撃音は大和後甲板の十五・五センチ三連装副砲が潜水艦に向けて射撃した為に生じた音である。
 最後に光を放った左側の艦からオレンジ色の光が消えた直後、中央の艦の司令塔より少し前の部分から、先程より大きく歪な赤い光が弾けた。その右手には二本の水柱。大和の砲撃が命中したのだ。大和の右舷前方にも、三本の水柱が次々と上がる。砲弾は大和の船体に届かず、その僅か手前に着弾したのだ。
 三十センチ砲は威力は大きいが、発射速度は遅い。大和には十五・五センチ副砲に加え、十センチ高角砲と四十ミリ機関砲があり、いずれも高い発射速度を誇る。一対三とはいえども、相手の初弾がはずれた以上、
(勝った)
多くの乗組員がそう思った時、大和の船体ををまるで魚雷が命中したかのような衝撃がおそった。

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