2015年7月30日木曜日

寄稿文『旧世紀エヴァンゲリオン FAKE GENESIS EVANGELION 鋼鉄の宴』第二章前半

第二章

西暦1946年2月25日
太平洋上――旧ミッドウェー島沖

 猿宮忌三一等飛曹がその飛行機の存在に気づいたのは、直援機隊のG55チェンタウロが、ほぼ壊滅状態に陥ったときのことだった。常人の目には、空母の飛行甲板から垂直に飛び立つ黒点としか写らない。しかしずば抜けた動体視力を持つ猿宮の目は、その奇妙な機体の構造を瞬時に把握した。
 鉛筆の芯のような胴体の中央から突き出ているオートジャイロのような三枚の回転翼――それが超高速で回転し、驚異的な上昇力を生み出している。
回転翼の先端に付いている円筒形の物体は、おそらく――ジェットエンジン。
「敵の新鋭機か。」
 忌三はそうつぶやくと、直援機との空戦を中断し、未知の脅威への盾となるべく、乗機の零戦54丙型――発動機を従来の栄1100馬力から1500馬力の金星へ換装した零戦の最終発展形――の機首を攻撃隊の方へと向けた。
  

 そのイギリス人はすぐれたパイロットだった。なぜすぐれているかといえば、出撃前にどんなにおびえていようとも、いざとなると比類のない冷静さと勇気を発揮し、何にも増して偉大な本能、冷静さや勇気や経験をはるかに超えた本能を発揮するからだった。パイロットのトリープフリューゲルはいまや急降下にうつり、獲物を見つけた鷹のように攻撃のタイミングを計っていた。早すぎればまぐれ当たりに期待するしかないし、遅すぎれば絶対に当たらないだろう。パイロットは爆撃機隊とすれ違いざまに発射ボタンを押した。一機のジュディ爆撃機が火を噴くのが見えた。この時、爆撃機の編隊の上を飛んでいたゼロ・フャイターが一機、撃ってきた。その日本人パイロットは優秀で、胴体に何発か機関砲の弾が当たったようだった。幸いなことに機体は深刻な被害を受けていなかった。パイロットは次の攻撃を仕掛けるため操縦桿を力一杯引いた。トリープフリューゲルは中に人間が乗っているのを忘れたかのように急激に上昇に転じた。一瞬目の前が暗くなった。

 忌三は自分の攻撃が失敗したことを悟った。忌三の想定していた速度よりわずかに、計測できないほどかすかに、敵機の実際の速度のほうが勝っていた。
やはり、この機体れいせんではジェット機には勝てぬのか。
沸き上がる絶望と嫉妬の念。だが、そのなかで、忌三はその化け物に勝つ戦略を考えていた。
 あの機体の形状では、水平飛行は困難なはず。つまり、敵のとりうる戦法は、高速と上昇力を生かしての一撃離脱ヨーヨー戦法のみ。ならば―――勝機はある。
忌三の予想通り、竹とんぼのような形をした敵機は、今度は後方から降下しつつ攻撃隊に追いすがってきた。零戦は垂直方向への宙返りを行い、急速に自機の運動エネルギーのベクトルを変換、敵機と向き合う形を取った。
この状況での両機の体勢は一見空戦における最大の禁じ手、相打ち必死の型「反抗戦」。しかし―――零戦の機体は僅かに敵機の進行方向、即ち機銃の射線からそれていた。自らの必勝を確信した忌三は敵機の回転翼に向けて機関砲を
――斉射
二枚の金属板が胴体から吹き飛ばされる。
「これで、やつは飛べぬ。だが・・・・。」
零戦の左主翼も、折れていた。
「咄嗟に機首を動かし、主翼を斜線に捕らえたか。」
―――見事なり。
しかし、
彼の翼は、失われた。
この状態では母艦あかぎへの帰投は不可能。残された選択肢は不時着水して虜囚の辱めを受けるか、それとも・・・・。
――――その時忌三の脳裏に浮かんだのは、この世界では出会うことのなかった少女の面影、彼が唯一身も心も捧げた人物。その瞬間、忌三は彼がこの世界で果たすべき役割を悟った。
――葉隠曰く、武士道とは死ぬことと見つけたり。
 そして彼は、敵戦艦めがけて、
――突き進んだ。
 他人から見れば、それは単に無意味なことに命を捨てる愚行。しかし彼にとっては、この世界という壁を突破するための儀式。
 そしてその原動力となっているのはただ一つの感情。
こひ


 あいつも少しリラックスすればよかったのに。
 おれを墜とした男が高射砲の砲撃によってゼロ・フャイターともども火に包まれたときそう思った。
 おれを見てみろよ。ローターで下半身が引きちぎられているのに、のんびりとパラシュートで空の散歩を楽しんでいるじゃないか。もっとも、ドイツとイギリスのきちがい技術者たちが脱出装置をもっときちんと設計していればこんな事にはならなかっただろうが。おかげでおれの身体は死体になっちまった。
 けどまあ、そんなことはどうでもいいことだ。もうどんな悩みもない。空を飛び回るミートボールをつけた飛行機も、もうおれを悩ませはしない。こんなに穏やかな気分になったのは子供の時以来だ。水色の空、白い雲、光り輝く太陽。何もかもすばらしく美しい。しかしそれらもだんだんと近づいてくる青い海の前では一気に色あせてしまう。あんな青さはいままで見たことがない。濃いブルーでもなければ薄いブルーでもない、いわば混りっけのないきらきら輝く青いブルーだ。
 やがておれの身体が海面に到達すると、おれの意識は死体から抜け出して無限に広がる液体の中へと吸い込まれていった。ああ、いい気持ちだ。
 おれは運がいい。全く運のいい男さ。





参考文献(副読本)



『零式』         海猫沢 めろん   ()

                        ハヤカワ文庫JA

『飛行士たちの話』    ロアルド・ダール ()    永井 (翻訳)

            ハヤカワ・ミステリ文庫

0 件のコメント:

コメントを投稿