2017年10月10日火曜日

紅林珠璃と世界史(141話と149話)

 紅林珠璃はいいねえ。見ていると俺もアツくアイカツしたくなる。
 まあそういうわけで、今日は紅林珠璃と世界史の話します。

 紅林珠璃は、日本人の母 ・紅林可憐と、スペイン人の父・カミーノ・セリオの間に生を受けたハーフ。でも、実際のところ彼女のアイデンティティはかなりのところスペインに寄っていますね。そもそも、紅林可憐からして、スペイン人デザイナー・エンシエロ篤のブランド「サングリアロッサ」を愛用していてますから、まあスペインが好きな人なんでしょう。
 まあ、せっかくのハーフキャラを日本人としてアイデンティファイしても大しておもしろくならないですから、珠璃は限りなくスペイン的な人物として見ていいでしょう。少なくとも、作業仮説としてならば、「紅林珠璃はスペインのメタファー」くらいに言ってもいい。

 で、まあ、そういう変わったバックボーンを持つ紅林珠璃は、あかりGenerationのなかでも結構変わったエピソードを多く持っています。
 110話では、スペイン人デザイナー・エンシエロ篤との対面。
 115話ではあかりちゃんのご両親への挨拶。結婚待ったなし。ドナーニャの砂丘と土地と文化の話。
 141話では世界激辛フェスでメキシコ人シェフと協力。
 149話ではエンシエロの一番弟子・ムレータ淳朗を発奮させる。

 で、みなさんも観てて気付いたと思うんですが、世界史の観点から考えると、141話と149話は結構センシティブな話題を扱っていますね。その二話について書きます!読め!


目次
1.141話『ホットスパイシー・ガールズ!』
2.149話『ふぞろいのカラーたち』
 2-1.アイカツ界の「周縁」、バニラチリペッパー
3.課題
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1.141話『ホットスパイシー・ガールズ!』
 まず141話。ここでは、メキシコ料理ブースのシェフ・ホセさんとの会話が着眼です。特にセンシティブなのは、スペイン語話す人のノリがアツいこと、トルティージャとトルティーヤの話、そしてメキシコとスペインの料理の類似性から、メキシコ料理ブースに珠璃の父を呼ぶことですね。

 もう、初っ端から危ない。「メキシコでスペイン語が話されるのは、16世紀ごろのスペインによる侵略の歴史があるからだろ!」というツッコミをテレビにした女児は多いと思います。有名なアステカ帝国の崩壊もこのときですね。

 次にトルティーヤとトルティージャ。劇中で語られるのは、「メキシコの伝統的な薄焼きパン・トルティーヤと、スペイン風オムレツ・トルティージャが似てる」、「それはトルティーヤを見たスペイン人が、トルティージャに似てるからそう呼んだのが始まりだよ!」みたいな話でした。
 もうここでみんな気付いたと思うんですよ。「それ、『インディアン』とか『カンガルー』の逸話と同じじゃん!」、「っていうかどっちも綴りは"tortilla"でしょ!」と。メキシコの薄焼きパンは、おそらく元々あったであろう名前をスペイン語によって上書きされてしまっているし、ジャとヤの違いも、"l"の発音の違いに由来するだけです。

 極めつけは、そういう歴史については触れることなく、名前が似ている、言葉が同じ、といったことから、スペイン料理とメキシコ料理を結びつけ、メキシコ料理ブースに「スペイン人」である珠璃パパを呼んで、スペイン料理を提供する。
 さらに、この141話のテーマは、そういうアイデアを提示できるようになった新条ひなきの成長を描くことであり、その成長の達成を示すために、メキシコ料理ブースがフェスで優勝する、という構造になってます。
 意地悪く見るなら、メキシコが激辛フェスに出展していた各国に伍して戦い優勝をするためには、スペインの力添えが必要だった、というメッセージにも読めます。
 こういう無邪気さは、ちょっと気になるところではあります。

 本当はこの違和感から深読みをするべきなのですが、今回はそれはしません。149話の話をしたいので。


2.149話『ふぞろいのカラーたち』
 この149話は、ムレータ淳朗がエンシエロ篤のプレッシャーから解放されて、彼なりのデザインを見つけ出す話でした。で、いろいろ考えていく前に、149話の絵コンテを切った演出家・佐山聖子さんのツイートを見てください。

https://twitter.com/mill_sister/status/703058175461732352

 ムレータ淳朗は、フィリピン系のイメージということです。まあ平たく言っちゃえば、淳朗はフィリピンのメタファーとして扱っていいでしょう。
 ここでフィリピンの歴史を考えると、フィリピンはメキシコ同様、やはり16世紀ごろにスペインの植民地になり、次いで19世紀には米西戦争のゴタゴタの中でアメリカの植民地になっている。その後はみなさん知っての通り、第二次大戦中に日本の植民地になって、1946年にようやく独立を果たしたわけです。スペイン領→アメリカ領→日本領→独立。

 で、この回の違和感は、佐山さんも語っている、珠璃の「disり」ですね。淳朗と握手した瞬間に珠璃が「アンダルシアの風を感じない…」って言うシーン。
 これもモヤっとする描写です。
 淳朗は本編中かなりの間、「エンシエロ先生のようにアツくなる」ことを目指していますし、珠璃もまた当初は、サングリアロッサ=エンシエロ篤の「カラー」でドレスをデザインしてくれることを彼に期待しています。
 メキシコに続く、スペイン美化シリーズかなあという違和感が出てくるんですね。

 でも、141話に比べると、こちらは結構いい話として読みやすい回です。
 最終的に、淳朗は珠璃のおかげでエンシエロとは違う自分の「カラー」を見つけますし、珠璃は自分たち三人の「カラー」を統一する必要はないと気づいたことで、淳朗にああいうアドバイスができました。
 結果として、副題の「ふぞろいのカラーたち」というのは、バニラチリペッパーの中の珠璃(ホット)、凛(スパイシー)、まどか(スイート)のことであると同時に、サングリアロッサのエンシエロと淳朗のことでもあると言えるでしょう。「熱い」エンシエロと、「繊細で穏やかな」淳朗というふぞろいのカラーによって、サングリアロッサもまた(バニラチリペッパーのように)新たな輝きを帯びる。
 エンシエロによってライバルとして認められる淳朗のくだりも爽やかですね。アイカツ!の世界において、ライバル認定はほとんどの場合、最上に親密な関係性です。ことに目上から目下へのライバル認定は。


2-1.アイカツ界の「周縁」、バニラチリペッパー
 また、近代史における国民国家の「周縁」と、アイドルの「スポットライト」という視点も使ってみましょう。
 国民国家(nation)は、国民・国土が均質であるという幻想の上に成り立つ共同体です。一方で近代国民国家は、実質としてはまったく均質でない部分を生みます。それが国民国家の「周縁」であり、それは例えば植民地であったり、離島であったり、「開拓地」であったり、あるいは物理的な国土の位置と関係のないある種の人々であったりします。日本で言えば、台湾や満州、沖縄、北海道、被差別階層、女性等々...。
 そしてここで着目すべきは、スペインの「周縁」たるフィリピンであり、フィリピン系の淳朗です。

 もう一つ、146話『もういちど三人で』にて、星宮いちごから大空あかりに伝えられた、「ぐるぐる回るスポットライトに照らされる人数は限られているけど、ステージに立っていればいつか輝ける時が来る」みたいな話。

 面倒になったのでもう定義を示しちゃいます。バニラチリペッパーは「周縁」だろうということです。

 大スターライト学園祭に向けて組まれた三人組ユニットは4つ。ソレイユとトライスターとルミナス、そしてバニラチリペッパーでした。でもソレイユは別格ですし、トライスターは、美月がもはやいちごにバトンを渡してしまったので、スポットライトからは外れています。バニラチリペッパーと比較すべきは、世代から言ってもルミナスしかありえません。
 ではルミナスとバニラチリペッパー、どちらによりスポットライトが当たっているのか/当たってゆくのか。これはもう言うまでもなく、ルミナスでしょう。ルミナスには主人公・大空あかりがいて、あかりは美月→いちごと連なるSHINING LINE*の「物語」を背負っています。それになにより、バニラチリペッパーのステージは149話以後一度もありません。

 「あかりGeneration」という大枠は、147話以降組まれるルミナスの歩みによってクライマックスへと進む一方で、周縁にしかなれない三人を生み出しました。すなわち、珠璃、凛、まどかです。それでも彼女たちが輝きを待ちながらステージに立ち続けるためには、学園祭に出場するべく余り物同士で組むしかないのです。(もちろん、ひな珠璃の友情は以後も変わりませんし、ダンディヴァの活動は好調です。スキップスはあんまり活動してた印象がないけど。
 ですから、バニラチリペッパーが余り物っぽい、というのは、もう受け入れて読解をしたほうが良いと思います。主流から外れた三人が、「ふぞろい」なことは承知でバニラチリペッパーを組むのですから、そのふぞろいさをどう超克したのかを見ていくべきでしょう。

 で、まあ繰り返しですけど、149話において、三人はユニットのカラーがふぞろいでもいいと受け入れられるようになり、そしてまた、淳朗も淳朗のカラーを持っていて良いのだと示されました。これをもって、余り物や未熟者は超克を果たしたと見ていいでしょう。
 とすると、149話は、「周縁」の者たちへの賛歌ではないでしょうか。
 スペインの周縁にいる淳朗、スポットライト・ルミナスという輝きの周縁にいる珠璃、凛、まどか。
 淳朗のデザインセンスに対するエンシエロの承認は、フィリピン的アイデンティティへの承認を相似形で描いている。そして、バニラチリペッパーは、ふぞろいなユニットが「ふぞろいな」カラーのドレスを着てもなお観客を熱狂させるということで、そのふぞろいさを「観客」という主体によって承認されます。(アイカツにおいてアイドルとファン・観客が現実と一種倒錯した関係性であることに、あまり言葉を費やす必要はないでしょう。アイカツにおいては、ファン・観客は殆どの場合、アイドルの成長の成功を示すための承認を与える、一種の装置として存在しています)

 ふぞろいなカラーを帯びた彼らがみんな、自分たちなりの生き様を受け入れて歩み始めることへの賛歌として、149話はあるのでしょう。(その受け入れ方は、単純な個性の追求ではありません。淳朗はまだ独立したブランドを持つわけではありませんし、三人も“バラバラにまとまる”という道を選んでいます)

 「周縁」ということで蛇足ながら付け加えると、バニラチリペッパーの三人が、この周縁・ふぞろい・余り物であることを受け入れていると思われる理由は、バニラチリペッパーのユニット名とユニットの合言葉、「バニラ・チリ・ペッパーで、刺激しちゃうぞ」にもあります。バニラもチリもペッパーも香辛料。香辛料はあくまで素材の味を引き立てたりするものであって、主食・主菜にはなりえません。スパイスを入れすぎた料理は辛くて食べられないし、バニラビーンズだけではお菓子にならない。
 もちろん、スパイスが今より遥かに尊ばれた時代もありましたが、その最後の時代が、大航海時代です。

 そう考えると、あれだけキャラの濃い紅林珠璃が、「仲のいい三人のうち一人だけアイカツ8に入れなかった新条ひなき」という文言に既に入れていないことだとか、177話であかりちゃんちに侵入してなかったことだとかも、仕方ないのかなと思えてきます。また、サングリアロッサのドレスを着ているのが紅林家の二人しかいないことや、当初のエンシエロのスランプ、そして149話の感動にもかかわらず、その後ドレスを出すことのない淳朗...。ともすると、フィリピン(淳朗)を周縁として持つスペイン(エンシエロ)さえも、デザイナー界では周縁かもしれません。エンシエロは174話にまだヒロインドレスを作ってくるような「時代遅れ」ですから。
 アイカツ界でも、スペインと香辛料の時代はもう終わっているのかもしれませんね。
 

3.課題
 気持ちのままに文章を書いてきたので、オチはありません。代わりに今後の課題をまとめます。
・141話のさらなる読解
・周縁たる人々は178話までに「独立」を果たせたのか?



参考リンク

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